「記憶の位相」 アーティストトーク
写真家のグループ展のアーティストトークに行ってきました。
フォトモ作品集の原稿を書かなければならないので、行くかどうか迷ったのですが、やはり書くためには他人の話も聞いたほうがいいかなと。
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「記憶の位相 - Aspects of Memory」
糸井潤 黒田康夫 小島佳典 福居伸宏 湊雅博
会場:UP FIELD GALLERY(東京・水道橋)
http://www.upfield-gallery.jp/
会期:4月6日(金)~22日(日) 会期中無休
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コメント
そう云われると、「記憶」するつもりで写真を撮った事ないです。記憶できない物が写ってるのが写真だと思うのですが、、
投稿: TAKAO YAMADA | 2007年4月16日 (月) 23時32分
記録は科学的で、記憶は文学的表現でしょうか?
だとしたら、ぼくは本当の意味で写真家になれないのかもしれませんw
そう言えば、出品者ではないですが、大学で生物を研究して、卒業後に転向した人が来てました。
彼は学生時代、微生物を薬品で固定してスライスした断面を、写真で記録してたそうです。
しかし卒業後はその世界から完全に足を洗い、地方都市をモノクロで撮っています。
モノクロっていうのは、記録よりも「記憶」でしょうか?
個人的には微生物のスライス写真のほうが、興味ありますが・・・
投稿: 糸崎 | 2007年4月16日 (月) 23時47分
その人の記憶が激しく人の心をゆさぶれる存在を、芸術家と呼べるとしたら、まあ、数えれる程しか誕生しないのかも知れません。
転向された人は、きっと、かけがえのない自分探しに旅立たれのでしょう。
かけがえのない人だらけだと、世の中成り立たないのですが、、w
投稿: TAKAO YAMADA | 2007年4月17日 (火) 00時36分
「芸術=魂が揺さぶられる」というのは、すでに前時代的な捉え方のようで、実際はもっと微妙なものと捉えている人も多いようです。
その意味でぼくは前時代的で、微妙な差異の分からないガサツな人間なのかもしれません。
投稿: 糸崎 | 2007年4月17日 (火) 10時56分
ここの広告は、大丈夫なのでしょうか?自己破産なんかこわくない。と言う広告凄く気になります。自己破産ハンドブックすごく欲しくなりました。将来役に立ちそうです。
投稿: OIKAWA | 2007年4月17日 (火) 13時32分
広告は投稿の内容から自動的に選択され掲載されるようです。
ですので内容に関してぼくはぜんぜん知らないのです。
広告の安全度は独自に調査して報告してくださいw
投稿: 糸崎 | 2007年4月17日 (火) 13時39分
勇気を振り絞り、クリックして見ました。そうしたら弁護士さんのHPでした。これは、自己破産するにもお金が掛かりそうだと思いました。今僕も弁護士をたて大家と争っています。大家は、フレンチカナディアンでとんでもない奴です...。あっ、これを書くと興奮してきりがないのでやめます。揉め事には弁護士さん役に立ちます。そして、ホンデュラスは弁護士の謝礼が安いので助かります。あさって辺り引越しできそうです。しばらくは、ブログの更新滞るかもしれません。
投稿: OIKAWA | 2007年4月19日 (木) 12時21分
ヨーロッパ人とのトラブルは中島義道「ウィーン愛憎」が参考になるかもしれません。
意固地なヨーロッパ人は、どんなに理不尽なことでも、手段を選ばず我を通すらしいです。
まぁ、それは日本人も同じですが、日本人は「控えめ」ということを隠れ蓑にするので、別の意味で始末に終えないと言えます。
投稿: 糸崎 | 2007年4月19日 (木) 13時07分