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2007年6月27日 (水)

『「わからない」という方法』

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読んだ本の感想を順次アップしようと思ったのですが、なかなかそういうわけにはいかないですね・・・
この本もちょっと前に読んだ本ですが、橋本治さんは「師匠」と呼びたくなるほど、考え方や感覚がフィットし、非常にクリアーです。

「わからない」というのは思想ですが、思想と言うのは道具であって、だから「方法」なわけです。
で、この「わからない」はぼくも一部に使っていて、ぼくの写真は全部「写真が分からない」と言うことから出発してるわけです。
でも、ぼくの場合は「わからない」を多岐にわたって採用してなかったので、それで他に不具合がいろいろあった、というのが良く分かった気がします。
例えば「芸術とは何か」について、ぼくは「わからない」から出発して「非人称芸術」のコンセプトに行き着いたのですが、そうしたらもう「わかった」つもりになり、その「わかった」ことを他人に伝えようとしたのです。
でも結局「わからない」を止めてしまった「わかった」は、底が浅いようで、どうも説得力に欠けるのでした。
つまり「わからない」ことを勉強しているうちに「わかった」に到達するのは良いとして、その「わかった」を情報として固定してはいけないということです。
ぼくの場合は、芸術について分かったことが、作品製作という具体的行為と結びついているからまだマシですが、それでも「芸術とは何か」を固定してしまったら、芸術について何か語っても底が浅くなってしまいます。

それを意識したのは、近刊のフォトモ作品集『フォトモの物件』の巻末のテキストを書く段になってからで、と言うのも、フォトモや非人称芸術のコンセプトについては前著の『フォトモの物件』や『出現!フォトモ』ですでに書いており、行き詰ってしまったのです。
何か書こうと思っても、前回と同じことしか書けず、その割りに「全て語りつくした」という感もない、なんとも中途半端な状態です。
それで「同じ事柄について、複数の異なる説明が出来ないのは、考えの底が浅いからだ」と思い、それで昨年の年末頃からいろいろ本を読むようになったのです。
でも、急に読書しても所詮は付け焼刃なので、相当苦労して、なんとか4月に形にして仕上げました。
しかし実は、『フォトモの物件』と同時進行で、『東京昆虫デジワイド』という虫の写真集も製作していて、その解説も続けて書かなければならなかったのです。
でも、『フォトモの物件』の解説ではいろいろ話を広げ、昆虫写真についても触れてしまったので、『東京昆虫デジワイド』では昆虫写真について別の解説を書かなくてはいけません。
それでまた慌てていろいろ本を読んで、その中の一冊がこの『「わからない」という方法』だったのです。
これを読んだからといって、昆虫写真の解説にダイレクトには結びつかないでしょうが、ものを考える心構えが確認できて、だいぶ楽になりました(とは言え、締め切りをジリジリ延ばしてしまい焦ってましたが)。

他人の本の感想が、自分の本の宣伝になってしまいましたが、本のあらすじをただ書いても読んだ本が「わかった」とは限らないので、なるべく違うことを書くのも良いかなと思ってます。

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