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2007年7月 4日 (水)

『「みんな」のバカ!』

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哲学者の中島義道さんが好きな人は、仲正昌樹さんの本も面白く読めるのではないかと思います。
この本で覚えた便利な用語のひとつが「パフォーマティブな言葉」というものです。
ある人の発した言葉に、言葉どおりの意味とは異なる「目的」が託される場合、それが「パフォーマティブな言葉」です。
パフォーマティブな言葉とは、思い返すと以前読んだ中島義道さんの『私の嫌いな10の言葉』に出てくるのは、全部そうなんじゃないかと思います。
リンク先に紹介してある目次に「10の言葉」が載ってますが、これらにどんな目的が託されているか、解説されています。
あと、ネットの掲示板で「空気読め」なんて書き込みがあるのは、相手に対し「パフォーマティブな言葉であることを理解しろよ」と指摘してるわけです。
ここで面白いのは、ネットの掲示板の閲覧者が不特定多数であるにもかかわらず、「空気読め」と書き込む人はごく少数だということです。
例えば閲覧者が60人だったとして、そのうち一人にでも「空気読め」と書かれると、書かれたほうは「空気が読めない人」という事になってしまいます。
「事になってしまう」というのは実は想像でしかないのですが、掲示板の閲覧者全員に「自分は本当に空気が読めてないのか?」という確認をとることは事実上できませんから、想像力を膨らませ「空気を読む」しかないのです。
なぜこんなことになるのか?は、この本でしめされる「表象」という用語で理解することができます。
掲示板に限らず、その場に集まった「みんな」が何を考えているのか?を一概に言い当てることは出来ません。
「みんな」は一人一人違った人格だし、黙ったままだとお互いの考えは分からないし、かといって「みんな」の考えを一人一人聞いてるとキリがありません。
それに、人間と言うのは自分が何を考えているのかモヤモヤして、なかなか明確な言葉にできない場合が多々あります。
そんな中、誰かがみんなを代表して「あの人って空気読めないよね」と言えば、他のみんなも「そうそう」と言う気になって、それが「みんなの意見」になる。
みんなのうちの誰かが自主的に「代表」して、「みんなもこう思うだろう?」ということを代弁し、それが事実かどうかに関わらずなし崩し的に「みんなの意見」になる場合、その言葉が「表象」なのです。
だから掲示板上で「空気読めよ」と相手に言うのは、「自分の意見」としてよりも「表象」のはたらきを持つ「パフォーマティブな言葉」であるのです。
だからネットの掲示板とは、「自分の意見」を言いつつ、「表象」のはたらきでいかに「みんな」を支配するか?という戦場だったりもするのです(笑)

それとこの本の指摘で面白かったのは、日本人的な「みんな」の結束は固いのだけど、そのメンバーは時と共に変わっていく、ということです。
これは養老孟司さんが「自分の肉体は細胞がどんどん入れ替わってるんだから”同じ自分”なんてものはない」と指摘してたのと共通点があって、大変に興味深い。
このあたりはぼくもいろいろ考えてるので、そのうち書いてみたいです。

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コメント

糸崎先生のこちら側のブログを初めて見ました。
なかなか良い本を読んでいらっしゃるなと思いました。真似して読んでみます。
世の中が理不尽なのか、理不尽なのが世の中なのか、デザインの仕事をしているといつも疑問に思っていましたが、ある種の構造なんでしょうね。
あ、子供がお礼を言っていました。
相手にしてもらって喜んでいます。

投稿: HideakiMIYATA | 2007年7月 6日 (金) 00時19分

ぜひ「読書歩行術」の方も真似してみて下さいw
MIYATAさんの言う「糸崎先生」は、学生時代のあだ名ですね。
あの頃から読書歩行術を体得していれば、今頃本当の「先生」」になってたかもしれませんw

投稿: 糸崎 | 2007年7月 6日 (金) 01時24分

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