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2007年8月14日 (火)

「正しく生きるとはどういうことか」

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ベタなタイトルのようですが、あの池田清彦さんが「正しく」というからには世間一般のそれとは一味違うはずで、そしてまさに想像以上の内容でした。
文庫化されたのはつい最近ですが、元の単行本は1998年発売で、引用された出来事は古いですが、より根源的なことが書かれているので全く古さを感じません。
とにかく、この本を読んでなかった9年間はなんだか損をしたような気になって(笑)、とにかく読書の習慣はあったほうが良いと反省してます。

この本は、一般的な感覚で言うと、「人情の欠如した、血も涙もない、人間らしさのかけらもない、冷酷な内容」と思われるかもしれません。
しかし一般的な感覚での「人間らしさ」というのが曲者で、こういうものは結局「自分のずるさ」を隠蔽し、何の罪悪感もなく「ずるいこと」を実行するための方便でしかないのです。
そういうずるさを世の中から(自分の中からも)排除するには、もっと冷静冷酷に、虫のように振舞うのが良いのです。
いや、「虫のように」なんて表現はこの本にはありませんが、ぼくには池田清彦さんが他人を虫ケラのように見て、そして自分も虫ケラ同然だと自覚し、そういうフェアーな状態から理論を構築したように思えてならず、それが非常に爽快で気持ちが良いのです。
ぼく自身も人間を虫のように愛し、虫を人間のように愛することを信条としてきたつもりでしたが、徹底の度合いがぜんぜん足りなかったようです(その意味でもこの本を読まなかった9年間は損をしてました)。

この本で池田さんは、非常にシンプルな「正しさ」の原理を提示しています。
シンプルな原理から行動を起こし、複雑な現実に対応するのは虫とおんなじで、だから合理的なのです。
それに対し現在の人間は、複雑な現実に対応するため、原理も複雑化させつつあり、それが更なる混乱を招いています(例えばテロを防ぐため、飛行機の乗客に複雑な規制を押し付けるとか)。
そうした原理の複雑化は必ずしも不合理であったり、自然の摂理に反するなんてことはないでしょうが、少なくとも「一部の人だけが一方的に得をする」のに都合が良いことだけは確かです。
だからそれをしないで「みんな平等」を実現するには、みんなで頭を冷やして冷徹な「虫」になり、その上で各自の「人間らしさ」を構築するのが良いのです。
いや、これもあくまでこの本の主旨をぼくなりに表現したもので、そのように書かれているわけではありませんが・・・

この本で提示されていることは、何も池田清彦さんの完全オリジナルと言うわけではなく、例えば高田明典さんの『知った気でいるあなたのための ポストモダン再入門』で示された内容とも非常にマッチしています。
つまりこの本は門外漢である生物学者の気まぐれな思い付きではなく、現代思想の文脈にちゃんと基づいているのです。
現代思想ということであれば、この本は構造主義の技法によって書かれていることは明らかです。
構造主義とは簡単に言うと、自国の文化と他国の文化を比べることで、そこに共通するより普遍に近い原理(構造)を導き出し、それにより他国間の様々な問題を解決しようとする思考法です(これはもちろん個人同士の問題解決にも使えます)。
そして池田清彦さんは生物学者であるから、人間の文化と人間以外の文化(のようなもの=遺伝的プログラム)を比較することにより、よりダイナミックで根源的な問題解決の原理を示すことができるわけです(同じ理由で養老孟司さんや日高敏隆さんの本も面白い)。

とにかく「構造主義は実践的な手法である」という高田明典さんの主張どおり、この本も即実践で使える要素を含み、実際にこのおかげでぼく自身の懸案事項も一件解決してしまいました(具体的なことは書きませんが)。
反面、この本は壮大な理想を語っているものでもあるので、当分実現不可能な要素も多く含まれますが、それについて考えたり議論したりするのもまた「実践」であると言えます。

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