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2007年8月19日 (日)

『他人と深く関わらずに生きるには』

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タイトルにある「他人と深く関わらずに生きる」というのは、先に読んだ『正しく生きるとはどういうことか』に示された基本原理を、別の言葉で置き換えたものです。
つまり、人間同士の自由を尊重するには、お互いにあまり深く関わらずに付き合うのが一番であり、それが池田さんの言う「正しく生きること」につながるのです。

人間は深く付き合い始めるとそこに「他に応用の利かない、複雑なルール」が生じ、それに人間の自由は縛られてしまいます。
例えば「おせっかいを焼く」とは、他人を自分の思い通りにコントロールすることに他なりません。
で、おせっかいを焼く方は「普遍的に善いもの」を相手に与えてるつもりでいますから、それが肌に合わない他人にとっては「他に応用の利かない、複雑なルール」でしかなく、それにより自分の自由が束縛されてしまいます。
そうやって一方的に自由を奪う相手から「お前のためを思ってるんだ」とか言われたら、たまったもんじゃありません。
だから自他共に「おせっかい」を拒否し、他人と深く関わらないようにし、人間同士「応用範囲の広い、単純なルール」を決めてやってゆけば良いのです。

このことは国家と個人の間でも同じです。
今の国家は「国民のため」と称してさまざまなおせっかいを焼き、「他に応用の利かない、複雑なルール」をたくさん押し付けています。
国家は個人の自由を保障するために必要なことだけをやれば良いのであって、そのためには医師免許もいらないし、文部科学省もいらないし、所得税を廃止し消費税を上げた方が良い・・・というような、理想的なシンプル国家について語られています。

まぁ、ぼくはつい他人におせっかいを焼きたがる性分で、それは自覚してるつもりだったのですが、さらに要注意ということですw

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