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2008年2月

2008年2月28日 (木)

フルオートマチックの「考える道具」

ぼくは前回の記事

>日本において、かつての「ジネン」はほぼ消滅してしまったといって良いだろう。

と書いたけど、そこまではちょっと言い過ぎかな?とあとで思った。
言い過ぎ、というのはデータが不足してるので、精度の悪い想像にとどまっているということだ。
ぼくは都会に住んでいる人間なので、日本のいわゆる自然豊かな環境に住む人々についてのデータが極端に少なく、そこで「ジネン」の概念がどのように生きているか(あるいは死んでいるか)コメントできる立場になかったのだ。
だからぼくにできることは、自分が知っている範囲の現在の日本の都会の中で、「ジネン」について考えることだけである。
この場合の「考える」とは、自分が「実際に体験したこと」と、本に書いてあるような「他人の言葉」を照らし合わせながら、「いかにも誰かが言いそうだけど、自分はまだ聞いたことがない他人の言葉」を想像することである。

ぼくが欲しい「他人の言葉」とは、考えの道筋すなわち「考えるための道具」である。
「考えるための道具」とは「現代思想」のことだけど、頭があまり良くないぼくにとって現代思想の専門書は「専門家だけが扱える複雑高度な機械」のようで、とても扱うことができない。
しかし「現代思想の入門書」だったら自分レベル頭のでも読むことができ、しかも「考えるための道具」としての実用性も高い。
現代思想の入門書は、カメラに例えるとフルオートで誰でも簡単に扱えるコンパクトデジカメのようなものだと思う。
コンパクトデジカメは操作は簡単ながら「高度な最新機能」が詰まっており、そのため誰でもキレイな写真を撮ることができる。
もちろん、プロ用デジタル一眼レフのよりは多少画質が落ちるし、細かな画質設定やレンズ交換もできないから表現の幅も限られる。
しかし特にこだわらなければ、とりあえず「キレイな写真」が簡単に撮れるのがコンパクトデジカメであり、さらに使いこなしによってはプロ用デジタル一眼レフ以上に「いい写真」を撮ることもできる。
ぼくは写真は(一応)プロなので、プロ用一眼レフも使うし、素人向けコンパクトデジカメを使いこなし「作品」を撮ることもできる。
しかし現代思想のほうは興味はあっても、専門家の資質はなく素人でしかないから、もっぱらフルオートマチックの「入門書」を読むのである。
もちろんいくらフルオートだからと言っても、単に写真だけを撮るカメラと違い、現代思想は「現代の困難な問題を考えるための道具」だから、その使いこなしはなかなか難しい。

この現代思想の「使いこなし」には、読んだ本の内容を単に理解するだけではなく、自分が理解したいくつもの現代思想の内容をバラバラに分解し、より自分に便利な「考える道具」に組み立て直す、という行為も含まれる。
そして現代思想の専門家は、「専門書」に書かれたことの詳細まで理解し、それを精密に分解しながら元の内容と同等以上に精密な「考える道具」を作り出す。
それに対し、ぼくのような現代思想の素人が「入門書」を分解し組み立てなおす作業は、あくまで「素人工作」だといえるだろう。
だからその分解の仕方は大雑把というか、少なくとも「現代思想の高度な機能」が詰まったブラックボックス的な部分は、不用意に分解してはいけない。
ここを下手に分解すると、もとの「考える道具」そのものが壊れてしまう。
しかし分解しないままの「ブラックボックス」同士を上手く組み合わせると、素人工作でありながら「最新機能」を持ち、かつ誰もが扱えるフルオートの「考える道具」に仕上けることもできる。
そして自分用にカスタマイズした便利な道具は、他人にとっても便利である可能性がある。
だから今のぼくは、いつか自分の作った「考える道具」を世間に売り出そうと狙っている、「街の発明家」のような立場なのかもしれない。

しかしいくら素人の「町の発明家」とは言え、製品化できるような道具を作れる人は、それなりの知識や技術を持っているのである。
製品になるほどの「考える道具」を作ろうとする人は、その材料となる経験や読書をそれなりに重ねる必要がある。
少ない材料からは粗雑で使えない道具しか生まれないし、道具の扱いに慣れていないと「最新機能の詰まったブラックボックス」まで分解し、もとの道具そのものを壊してしまう可能性もある。
まぁ、ぼくは「街の発明家」でしかも経験の浅い新参者なので、製品には遠く及ばない試作品を作るしかない。
試作品は徐々に改良を加えながら製品化を目指すが、それがいつになるかは皆目見当が付かないし、まして必ず製品に結びつくという保証もない。
だからぼくはとりあえず試作品を作って、それを道路に面した自宅の庭に並べて、道行く人の反応を見るのである。

ところで、ぼくの「考える道具」はまだまだ製品化の段階ではないが、自分の「考える道具」で作った「作品」は製品化されている。
不思議なことにぼくの作品は、雑誌や作品集の形で世の中に流通しているのである。
つまり、ぼくの作った作品は人に見せると「金を出しても欲しいくらい立派なもの」と思う人はいるのだが、ぼくの「考える道具」のほうは「そんな廃品工作みたいなもの」と相手にされないのだ。
もしくはぼくは「考える道具」で作品を作ってるつもりで、実際は本当に単なる「つもり」でしかないのかもしれない。
だからぼくは「自分の道具」が客観的に存在するかどうかを確認するため、それを単独で売り出す前に、自分の作品集の「オマケ」に付けているのだ。
しかし未だに「あのオマケは便利でした」という話は聞かない。
だからぼくはオマケではなく、単体の製品として作れないかな?とたくらむようになったのだが、何でこんなことをしたがるのかは自分でもいまひとつナゾである。
もしかすると。自分の作品にいまひとつ自信がないから「付録とセットでお得」というふうに売ろうとしてたはずが、いつのまにかその付録作りの方がおもしろくなってしまった、ということなのかもしれない。

というわけで、本当は「路上ネイチャーとジネン」についての核心を書こうと思ったのだけど、前提の前提みたいなものがたくさんあって、なかなかたどり着けないのだ。

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2008年2月26日 (火)

再び『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』

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日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』(内山節著/講談社現代新書)という本は、かつての日本の山村で語られていたキツネにだまされたという話を軸に、日本の伝統的な世界観がどのように変化したのかを解説した本である。
その中で、「現代日本語の自然(シゼン)は英語のNatureを訳したものであるが、かつての日本では自然を「ジネン」と発音し、その意味も自然(シゼン)=ネイチャーとは違う」というようなことが書いてあり、たいへんに感銘を受けてしまった。
この「ジネン」の概念は、トップページからリンクしたもうひとつのブログのタイトル「路上ネイチャー」の概念とも深く関係しているように思えた。
そこで、「ジネン」について自分なりに理解した範囲で解説してみようと思う。
ちなみに「ジネンについては以下のページにも有意義な解説が掲載されている。

宮島名誉会長第107回提言エッセイ「ジネン(自然)とシゼン(自然)」 

自然(じねん)科学者の誕生 河合隼雄

まぁ、ぼくのような素人の間違ってるかもしれない解説を読むより、上記リンクの記事を読んだほうが良いかもしれないが、とりあえず自分の考えの整理の為に書いてみようと思う。
実はこの本の紹介は一度このブログでしたのだが、そのときは独りよがりのことを書きすぎて何のことか分からなかった人も多いのではないかと思う。
今回はこの本をノートをとりながらもう一度読んで、「分かったつもり」の事をあらためて整理してみたい。

現代の日本人は「自然の大切さ」は知識としては知ってるが、それを「我が事」のようには捉えていない。
「自然が崩壊すれば人類も危機に瀕する」ということは頭で理解しているものの、現代人、ことに都市に住む人のほとんどは「一日中自然と接しない」生活をしても、特に不便を感じることはない。
そのような都市の人々にとって、「自然」はテレビや本やネットなどのメディアを通じてもたらされる「情報」であり、それゆえ「我が事」のように捉えていないのだ。
都市の人々にとって自然は都市の外=自分たちの外にある対象物で、だからそれを排除したり、コントロールしたり、利用しようとする。
最近は自然破壊が行過ぎたことを反省し「自然保護」が叫ばれているが、これも自然を「我が事」と思うのではなく「保護すべき対象物」と捉えた発想である。
そもそも都会に住む「自然大好き」な人は、普段都会に住みながら休日だけ野山に出かけたりして、どうあっても「自分たちの外にある対象物」として捉えているしかないのだ。

このような、現代日本で普通に使われる「自然」という言葉は英語のNature訳語で、それは明治中ごろから一般化されたらしい。
ところがそれ以前の日本では「自然」は「ジネン」と発音し、その意味もNatureと違っていたのである。
現代のシゼンとかつてのジネンが違うということは、初めにあげたリンク先の通りいろんな人が指摘しているようだが、この『日本人はなぜキツネにだまされなくなったか』では筆者の経験と研究もとに、日本の山間部の農村を中心にその概念が分析されている。
かつての農村で使われていたジネンとは、シゼンのように人間の世界の外にある対象物ではなかった。
そうではなく、人間の世界と、いわゆる自然の世界と、神々やご先祖様などの宗教的世界と、それら全て含まれるのが「ジネン」の概念だ。
だから人間はジネンの中にジネンと共に生き、やがて死んでジネンそのものへと還ってゆく、つまり人々はジネンを「我が事」と捉えていたのだ。
ジネンとしての自然は、自ずから然り(オノズカラシカリ)という意味であり、意図や作為が一切なく、完全なあるがままということである。
これに対し人間には「我」があり、だから生きていくうちに次第にジネンから遠ざかり魂が穢れてしまうとされていた。
人間の「我」=穢れたもの:ジネン=清浄なもの、という対比である。
だから人間はなるべくジネンであろうとし、また死ねば誰でも元のジネンに還って行くのだとされていた。

この世界観は、村の人々の暮らしのありかたから生じたものだ。
日本の山間部の農村は「里山」と呼ばれる環境が作られている(この本には里山という言葉は出てこないけど)。
里山は都会人から見たら自然そのものに見えるが、実は人工的に作られた環境である。
しかし都市のように自然を排除した後、人間の理性だけでゼロから作られたのではなく、もとの自然を人間が利用しやすいように手を加えた(改造した)環境である。
日本の自然は木の実や獣や魚など、人間にとって豊かな実りを提供するが、そのままでは利用しにくいような厳しさも持っている。
特に日本の川は不安定で、大雨が降ると氾濫して進路が変わってしまう。
これを農業などに安定して利用しようとすると、周囲に石垣を積むなどして「手入れ」をする必要がある。
燃料にするための薪も、まず元から生えている原生林を伐採すると数年後に二次林といわれる雑木林になるから、それを絶やさないように順次伐採しながら利用する。
山の恵みに満ちたオノズカラシカリの世界は人知の及ばない清浄な世界で、それを「我」を抱えた人間が、己の「我」を戒めながら利用するのである。
人知を超えたジネンの世界は木の実や魚などの豊かな実りと共に、ご先祖様やさまざまな神様が住んでおり、その世界観の中で「キツネに化かされた話」も出てくる。
だからいわゆる自然物は利用するけど、自分たちの「我」のために自然を完全に壊してし開発する、という発想自体が生まれ得ない。
ジネンは人間といったいのものだから、それを破壊しては自分たちも生きられないのだ。

「都市」というものは明治以前の日本にもあったのだけど、明治以降の日本の都市化は、ヨーロッパなどの外国を意識して作られてきた。
当時のヨーロッパは「帝国主義」の時代で、アジア諸国を次々に植民地化しようとしていた。
だから当時の日本政府は自国が植民地化されないよう、日本を近代化=都市化しようとした。
その日本の近代化=都市化は戦後ますます加速し、昭和40年ごろを境についに山村に伝わる「ジネン」の概念も崩壊し、その象徴として村から「キツネに化かされた話」も聞かれなくなってしまったのだ。
国家が近代化するというのは、国家としてのアイデンティティを持つということで、国家のアイデンティティとは「国家の歴史」である。
国家の歴史というのは、「その昔は素朴で貧しかったけど、そこから徐々に発達し豊かになり、今はこんなに立派になりました」という「発展の物語」として語られる。
現在の国家のあり方を肯定するために、過去を古くて間違ったものとして否定し、同時に「さらに発展する国家の未来」を語るのである。
歴史というものは、フィクションと違い「事実」を語ったものとされているが、このように分析すると違った「歴史」のあり方が見えてくる。
歴史というのは過去の「事実」を扱うが、それは「無数の連続した事実」から意図的にセレクトされたものであり、それらいくつかの「セレクトされた事実」はある意図に基づいた物語へと強引に組み立てられる。
日本史を含む近代国家の歴史は「発展の歴史」として語られるが、そこには「人間の理性が自然を克服し発展することは善だ」という意図が働いている。
それは元々ヨーロッパという限られた土地に、ある時期たまたま発生した概念だったのが、色々な偶然が重なりたまたま人間世界に広がってしまっただけである。
日本の長い歴史の中で、現在のわれわれはそのような「奇妙な世界」にいると言えるのだ。

いま「長い日本の歴史」と書いてしまったけど、それは単なる時間経過をあらわしたに過ぎない。
その時間経過に「意味」を見出すことが「歴史」なのだとすれば、歴史というものは人によって、国によって違う内容の物語となる。
歴史の物語りは人間が自分の存在をどのように捉え、未来をどのように目指すかによって違ってくる。
近代的な「発達の歴史」は人々に大きな利益をもたらし、そのため人々の間で積極的に物語られてきた。
しかしその物語がもたらしたのは単に利益だけでなく、同時にさまざまな不利益や矛盾をももたらすことを、現代の人々は意識し始めている。
そのような時代に有効なのは、「発達の歴史」を唯一絶対のものと信じるのを止め、「世の中にはさまざまなあり方の歴史がある」ということを知り、さまざまに異なる歴史観の共存の可能性を探ることなのだ。

そのような「さまざまな歴史のあり方」の一例として、「日本古来の山村の歴史」はあるのだ。
村の歴史とは、国家の歴史のように一直線上に発達する歴史ではなく、豊かなものが絶えないように循環する歴史である。
オノズカラシカリの世界であるジネンは一年のサイクルで循環する。
そのジネンの恵みを利用する人間の知恵や技術も、発達よりも循環する。
循環するジネンを手入れする知恵や技術は循環するから、それは大人から子供へ絶え間なく受け継がれる。
子供に知恵や技術を伝えた大人はやがて死んでジネンに還りご先祖様になる。
そのように循環した歴史の中で、人々の人間関係も形成されてゆく。

村に生きる人の知恵や技術は、人間の「我」が生み出すものというより、ジネンから読み取り、ジネンから学んだ結果である。
人々はジネンから直接さまざまなものを読み取り、それをジネンの中で生かす。
子供が大人から教わる知恵も、ジネンの中で実践してこそ意味を持つ。
現代の都市の人間は、メディアを通じ「外の世界」から情報を得る。
都市社会は高度に分業化が進んだ社会でもあり、だから人々は日々抽象的な情報を扱い「外の世界」や「他の人」に影響(建前としては利益)をもたらす。
それに対し村の人々の暮らしはジネンと一体化しているため、全てが具体的で直接的なのだ。
そして都市の発展に寄与した知識や技術の多くは、やがて古くて無意味なものへと変化せざるを得ないのに対し、ジネンに対応した村の知恵や技術はいつまでも有意義で、循環する歴史の中で重厚さを増すのだ。

かつてのジネンがいかに豊かだったかを示すことの一端として、この本では「山上がり」というエピソードを紹介している。
著者がフィールドとしている群馬県上野村は蚕産農家の村であり、現金収入もあった。
そして蚕が不作でどうしても生活できなかった家は、他の村人に「山上がり」の宣言をする。
そして一家でしばらく村を離れ山にこもって生活するのだが、これは悲惨な話でもなんでもないのだ。
実は、山にこもれば木の実や山菜、魚や獣などの豊かな山の実りを採りながら、十分生活してゆけるのである。
もちろん、山の恵みはスーパーの商品のように金さえ払えば簡単に手に入るというものではなく、ジネンに対する知恵や知識がないとそれらを利用することはできない。
そのように山に一時避難し、期を見て再び村へ下り蚕産農家に戻るのである。

日本のジネンはそれほど豊かであり、かつそのように考えると、日本の近代化=都市化は人々に大きなものをもたらしたと同時に、同等以上のものを失わせてしまった。
日本の歴史が近代史=発展の歴史に統一化されたことで、伝統的な村の歴史が「なかったこと」にされてしまったのである。
同じ自然の「ジネン」と「シゼン」は単なる言葉の違いでしかないが、それによってかつての日本にあった自然と人間と神々が一体となった「ジネン」そのものがなくなってしまった。
現代日本人が「ジネンは大切だ」「ジネンを見直すべきだ」と思っても、国民がおおかた都会人になってしまった(地方の人も都会人的意識を持った)日本において、かつての「ジネン」はほぼ消滅してしまったのだ。
かつて村に生きる人は人間の「我」を穢れたものとして戒めていたが、ジネンに抗する「我」を野放しにすると必然的に都市化し、そうなるとジネンの循環が断ち切られ回復不能になってしまうということを、肌で感じ取っていたのかもしれない。
いや、正確にはこれも「歴史観」の問題であって、現在の日本をどう捉え、どういう日本の未来を望むかにより「日本にはまだジネンは残されているし、回復は十分可能だ」と考えることは可能だろう。

しかしぼくは、あえて「かつてのジネンはもうないのだ」というところから出発してみようと思う。
これはつまり「すでに変化してしまった日本の状況」にあわせ、「ジネン」という概念を再解釈し新たに構築しようとする試みだ。
その一例がつまり、もうひとつのブログのタイトルになっている「路上ネイチャー」ということである。
ぼくはジネンの概念を知ったとき、ブログのタイトルに「ネイチャー」の言葉を入れてシマッタと思ったが、「路上+ネイチャー=ジネン」になりそうなことに気付いたのである。
このあたりはもう『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』という本の内容とは関係ない、ぼくの想像の世界だ。
どういう想像かというと、いかにもぼくが好きな作家が本に書いていそうなことを、自分で想像してみたことであり、それはまたいつか書いてみたいと思う。

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2008年2月23日 (土)

本に書いてありそうなこと想像して書く

このブロクは立ち上げてしばらくは方針も決まらず、タイトルはずっと「雑記」のままだった。
しかしこのところ方針らしきものが見えてきたので、それに合ったタイトルを考えていた。
実は一瞬だけタイトルを『思考のブリコラージュ』というのに変えてみたことがあったのだが、そんなふうにカッコ付けのタイトルが一番カッコ悪いと思い(笑)すぐ元の『雑記』に戻してしまった。
そんなふうに何度でもやり直しできるのがブログの利点なのでまた変えてしまうかもしれないが、今度は『本に書いてありそうなことを想像して書く』というタイトルを思いついた。

このブログの方針とは、「自分が思い付いたことを色々書く」というだけのことだ。
ぼくはなぜか「言いたがり」の性質があり、例えば自分の作品集にも巻末になにか自分の文章を書きたくなってしまう。
しかし基本的に勉強嫌いなので、まずちょっとだけ勉強して(本を読んで)あとは自分の「インスピレーション」に任せて自分独自の文章を書こうと思っていた。
ところがそのやり方では、はじめにちょっとオリジナルっぽい文章が書けるのだけど、それ以降は何度書いても似たような内容の文章になってしまうのだ。
つまり「あの人の話は初めはちょっと面白いけど、実は何度も同じ内容を繰り返してるだけなんだよ」みたいな「良くいる困った人」になっていたのだ(笑)。

それではマズイと感じだぼくは「ヤッパリもうちょっとぐらいは勉強しないとダメだ」と思い、再び本を読んでみた。
すると読んだ分だけ、また少しオリジナルっぽい文章が書けたのである。
本を読んだ分だけ文章が書けるということは、本を読まなければ文章が書けないということだ。
つまりぼくは「インスピレーションに任せ、自分独自の文章を書く」なんてことは初めからしていなかったのだ。
では何をしていたのかというと、まず他人が書いた本を何冊か読んで、本に書いてある内容の断片をツギハギし「オリジナルっぽい文章」に仕上げていたのである。
これは言い換えると、本を何冊か読むことで「本というものには、大体こんなことが書いてあるのだ」という傾向を知り、そのデータのもとに自分で「いかにも本に書いてありそうなこと」を想像しながら書いていた、ということになる。
だから読書量が少なければ「いかにも本に書いてありそうなこと」の想像も貧弱なままで、逆に読書を重ねるほど「いかにも本に書いてありそうなこと」の想像も膨らむわけだ。
そうはいってもぼくは基本的に読書は苦手なのだが、ともかく「本に書いてありそうなことを想像して書く」という方法で書いていたのだから、それをこのブログのタイトルにしてみようと思ったのだ。

ところで、この「本に書いてありそうなことを想像して書く」という言葉だが、これももちろんぼくが「いかにも本に書いてありそうなこと」を想像しながら思い付いたものだ。
なぜそんな想像をしたのかというと、自分が読んだ現代思想の入門書の何冊かに共通して「自分の考えというものは、他の誰かの考えのコピーでしかありえない」というような事が書いてあったからだ。
人間は自分で色々考えるが、考えるときは「言葉」という道具を使う。
「言葉」というものは個人がオリジナルで生み出すものではなく、大昔から多くの人々が共有してきた「考えるための道具」である。
つまり「自分で考える」とは「言葉を使う」ことであり、その言葉は「他人と共有した道具」だから、「自分で考える」は「他人の言葉で考える=他の誰かの考えのコピー」になってしまうのだ。
もちろん、他人の言葉の「完全コピー」だとオウムや九官鳥やテープレコーダーのようになってしまい、思考やコミュニケーションが成り立たない。
だからまず人間はさまざまな種類の「他人の言葉=他人の考え」を学び、そして自分が今体験しつつある具体的状況に合わせ、学んだ言葉の断片をつなぎ合わせ「自分の言葉=自分の考え」を構築するのだ。
例えば、最近「食の安全」が大きな話題になり、ネット上でもさまざまな人が「自分の意見」を述べている。
しかし実際は「どこかで聞きかじった他人の言葉の断片を寄せ集め、さも自分が思い付いたように言っている」ケースが多く含まれているハズである。
これに限らず「自分の考え」というものは、さまざまな「他人の考え」を学び、そのデータをもとに「いかにも誰かが考えそうなことを想像して考えた」結果だといえるのだ。
逆に「他人の考え」を学ぶことに失敗すると「いかにも誰かが考えそうなこと」の想像力が不足し、その結果「自分の考え」もヘンな内容になり悪くすると刑務所か病院送りになってしまう。
そのように「自分の考えというものは、他の誰かの考えのコピーでしかありえない」のだが、これは当然「考えを記したもの=書物」にも当てはまる。
だから「本に書いてありそうなことを想像して書く」というようなことは、すでに誰かがどこかの本に書いているだろうことが想像できるのである。

と、そのようなわけでタイトルを変えてみたのだけど、まだカッコ付けでエラソーな感じかも(笑)
また「雑記」にもどそうか・・・

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2008年2月20日 (水)

「知識だけあるバカになるな!」仲正昌樹

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この本は、人文系学問の「入門の入門」として書かれている。
その「入門」ぶりは徹底していて、まず表紙が漫画でとっつきやすく、パラパラめくると本の厚みに対し文字が大きく、つまり文章量が少なく読みやすそうだと思わせる。
もちろん、じっさいに内容は平易で分かりやすい上に、特に重要と思われる箇所は太字で表記され、つまりぼくのようなバカな読者に対し、徹底的に特化しているのである。
仲正さんはこれまでにも『なぜ「話」は通じないのか――コミュニケーションの不自由論』や『みんなのバカ!』『ネット時代の反論術』など、世のバカ者に対し「お前らちょっと落ち着け」的な内容の本を何冊か出しているが、今回はその手法がさらに進化し洗練している感じだ。

この本では、「入門の入門」として「教養とはなにか」について語られている。
いま、「教養がある人」といえば一般的に「何でもいろんなことを知ってる人」、「雑学がある人」などを指すが、本来の「教養」はそういう意味ではない。
「本来の教養」とは、大学の専門課程に進む前に学ぶ「教養課程」の「教養」を指す。
大学の教養課程は、専門外の「雑学」を学ぶカリキュラムではもちろんない。
そうではなく、専門課程に進む以前の「学問の基礎」を学ぶのが「教養課程」なのだ。
つまり「教養」とは「学問の基礎」のことであり、それは「理性的に他人とコミュニケーションしながら、自分の考えを深める技術」ことなのだ。
だから本来の意味での「教養のある人」とは、その人が何をどれだけ知っているかに関わらず「理性的に他人とコミュニケーションしながら、自分の考えを深める技術」を心得た人、ということになる。

これを逆さに読むと「感情的で他人と上手くコミュニケーションできず、自分の考えが深まらない人」が、「教養のない人」ということになる。
しかし、そんな人がいたらトラブルメーカーとして目立つだろうし、日本では数が少ないかもしれない。
日本で多いのはむしろ「表面的に穏やかな感情を他人に示すことで、本質的なコミュニケーションを避け、自分の考えを深めないよう済ませる技術」に長けた人だろう。
もちろん、それが一概に「悪い」とは言えず、実際そういう人は周囲から好かれるし本人も幸福だろうと思う。
そういう人の生き方は、いってみれば自然(=ジネン。これについては後日書きたいが、とりあえずは文字通りの自然の意味でも構わない)の流れに身を任せているのだ。
しかし、自然の流れはいい結果も悪い結果ももたらすわけで、その「悪い結果」に対し自分が、もしくはみんなで「何とかしよう」と思ったとき、理性的に考える技術である「教養」が役に立つのだ。
そんなときに感情的に振舞ったりしたら、結局は元の自然に飲み込まれてしまい、悪い結果に流されてしまうだろう。

ともあれ、大学の教養課程には「ゼミ」と呼ばれる形式の授業があり、そこでは「討論」の仕方を学ぶのだそうだ。
ゼミの討論とは、お互いに「思っていること」を闇雲にぶつけ合うことではない(それは単なる口喧嘩に過ぎない)。
そうではなく、まず何を明らかにするかの議題をハッキリさせ、そのための「理論的根拠」をお互いに示し合いながら、より妥当な結論を導き出そうと試みるのである。
この場合の「理論的根拠」とは、「理論的に考え抜かれた偉大な先人たちの言葉」であり、つまり「自分の言葉」ではない「他人に言葉」なのだ。
そもそも、人間は他人と共通する「言語」で考えるから、どうあがいても「他人の言葉」で考えざるを得ない。
たとえ「自分の言葉」で考えているつもりでも、よくよく検証するとそれは過去のある時期に聞きかじった「他人の言葉」の集合で、そのことをすっかり忘れ「自分の言葉」だと思い込んでるだけで、そういう人は「教養がない」のである。
「教養がある」というのは、自分が「他人の言葉」を借りて考えざるを得ないことを自覚し、それゆえに「偉大な先人たちの言葉」を借りるのだ。
「人間は他人の言葉を借りて考える」というようなことは、内田樹さんの本にもさんざん書かれていたけど、この本ではもっと分かりやすく「考えるとは、他人の文章をコピペするようなものだ」と表現している。
大学の専門課程で学ぶことは、コピペの元となる大量の文章のコピーだろう。
そうやって、頭の中に大量の文章のコピーが蓄積されると、それを場合に応じて適宜ペーストできるようになる。
元は他人の文章のコピーだったものが、その場に応じて部分的にペーストされていくから、そこで始めて「自分オリジナルの言葉」になるのである。

大学の専門課程に進む以前の教養課程の学生は、コピーの量がまだ少ないから、アレンジなしの「他人の言葉そのまま」で討論を進めるしかないのだが、練習だからそれでいいのだ。
しかし「教養」そのものをマスターしそびれた人間の中には、「他人の言葉のコピーを頭に蓄積する」のをおろそかにするから、たまにちょっと本を読んだだけで「分かったつもり」になり、「同じ内容の持論」を何回も繰り返し周囲に煙たがられる。
そして実に、自分にもそういう傾向があったことを、改めで自覚させられたのである(笑)
しかし、そのように反省したところで、自分にはできることとできないことがある。
自分に教養がないことを自覚したなら、それを見に付ける努力をすべきなのだが、それは「自分のできる範囲で」という限定が付く。
端的に言って、教養を身につけるにはできるだけたくさん読書をし、さまざまな種類の「他人の考え」を知ることが必要だ。
「他人の考え」を知れば知るほど、「自分の考え」の検証も、より確からしいものになる。
しかし個人の能力には限度があり、ぼくはつまり基本的に読書があまり得意ではないのだ。
もとより学問を納めて学者になるつもりもなく、あくまで芸術家として自分のコンセプトについて考えたいだけなのだ。

そういう人間が見に付けるべき「教養」とは、もしかするとぼくがこのブログで何度か書いている「ブリコラージュ的思考」なのかも知れない。
例えば、教養のない人は、自分が知った数少ない「他人の言葉」を検証なしに「鵜呑み」する。
それを検証するには数多くの「別の他人の言葉」を知る必要があるのだが、教養のない人はそれを全くしないのだ。
しかし、教養を身につけたくとも、読書が苦手で(あるいは遅くて)それが間に合わない人はどうしたらいいのか?
その場合は、自分が知りえた数少ない「他人の言葉」を「方法論的に鵜呑みにする」のである。
つまり他人の言葉を無自覚に信じるのではなく、「ちゃんとした検証がないことを自覚し、とりあえず自分の考えとして採用する」のである。
本来の意味でのブリコラージュは、「既製品の断片の中身を検証せずに、外見的特性だけで判断し組み合わせ、新しい機能を持つ道具を作ること」で、「思考のブリコラージュ」はこれを「考えるための道具」に応用したものだ。
肝心なのは「考えるための道具」として「ちゃんと使えること」であり、そのためには「中身を検証せずに、外見的特性だけで判断し組み合わせていること」を「自覚」することが肝心なのだ。
無自覚だと固定された考えに振り回されてしまうが、自覚があれば考えを自分でコントロールできる。
「考えを自分でコントロールする」とは例えば、これまでの考えが全部間違いであったとが判明しても、あわてず落ち着いて修正する「覚悟」ができたりすることだ。
教養のない人は、自分の考えが内心間違いだと気付いても、それを「絶対」と思っているから、その否定は自己否定につながると思い込み、意固地になってしまう。
文字通り固定された考えに振り回されてしまうのだ。
逆に教養のある人は、いつでも自分をゼロ地点にリセットする覚悟があり、そこからまたいくらでも新たな考えを構築できる「自信」に満ちている。
特定の考えに固定されず、考えを自分でコントロールするとはこういうことだろう。
そんな「高い教養」は誰もが持ち得るものではないだろうが、誰もが自分の能力に応じてそれに近づくことは可能だろうと思う。
はじめに書いた通り「教養」が「理性的に他人とコミュニケーションしながら、自分の考えを深める技術」であれば、それは書物だけでなく、実生活上の人間関係からも、または自然観察からも学ぶことはできるはずだ。
そう考えると、特に人文系の学問に限らず、さまざまな分野から「教養」を身につけることは可能なのだ。

以上、本を読みながら「自分の考え」を書いてみたが、その妥当性は教養不足により検証不可能なので、判断は読者におまかせしようと思う(笑)。

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2008年2月17日 (日)

ブログ再編

ホームページitozaki.comからリンクしている3つのブログから「ブログ2・2コマ写真」のみ休止してましたが、いろいろ考えた挙句、とりあえず復活することにしました。
とは言え、最近はあまり街中に出掛けてないこともあり、当面は積極的に更新することはないかもしれません。
しかし、ともかくそれぞれのブロクの性質をはっきりさせるため、ここ「ブログ3・雑記」にあった「2コマ写真」のカテゴリの記事は削除させていただきました。
この削除した記事を「ブログ2・2コマ写真」に再アップするかどうかは未定ですが、その気になればネタはいくらでもあるので(笑)、末長くお付き合いいただければと思います。

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2008年2月14日 (木)

選択のシミュレーション

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池田清彦さんの『環境問題のウソ』(ちくまプリマー新書)と、橋本治さんの『日本の行く道』を立て続けに読んだ。
この二冊を比較して面白いのが、『環境問題のウソ』の方が「地球環境の温暖化なんで、そもそもウソ話じゃないのか?」と疑問を呈してるのに対し、『これが日本の行く道』の方は「地球が温暖化に向かってるのは明白な事実だから、日本も何とかしなければいけない」ということで理論を展開している点だ。
つまり、もし池田さんの言うように「地球温暖化がウソ話」だったとすれば、橋本さんの提示した「日本がしなければならないこと」はまったく無意味になってしまうだろう。
しかし、実はこの二冊のそれぞれで「環境問題」を扱っているのは単なる「素材」としてであって、地球温暖化がウソなのかホントなのかは、本質的にはどうでもいい問題なのである。

そもそも「地球温暖化がウソかホントか?」が問題になるのは、それをわれわれが直接確認できない事象だからだ。
そういった、自分が直接観察できない事象については、「他人が提供する情報」で知ることになる。
自分が観察し得ない情報を提供されることは大変にありがたいことなのだが、その反面、他人からの情報の「ウソ・ホント」は自分で確認できない。
「地球温暖化」はわれわれにとって大事な問題なのだけど、それが自分で確認できないだけに、その情報の「ウソ・ホント」に翻弄されざるを得ないのだ。

そんな状況の中で、われわれは結局何かを「選択」しなくては生きていけない。
というより、生きている限りは不可避的に何らかの「選択」をし続けていかなければならないのだ。
たとえ何も選択しない態度を決めたとしても、その人は「何も選択しない」ことを選択しているのだ。
そのように、どうせ何かを選択しなくてはいけない運命にあるのだったら、「より良い選択の仕方」をしたほうが良いわけで、それがこの2冊に共通のテーマになっていると思う。

まず、情報の「悪い選択の仕方」はどういうものかというと、それは「鵜呑みにする」ということだろう。
『環境問題のウソ』を読んで「地球温暖化はウソなんだ」と鵜呑みにして、「『日本の行く道』の内容は前提が崩れてるから無意味だ」なんて思ったら、そもそもこれらの本を読んだ意味がない。
『環境問題のウソ』では、「世の中に常識としてまかり通っている情報に、いかにウソが含まれているか」を懇切丁寧に説明されているが、それだけに本書に書かれた「地球温暖化はウソだ」という説も鵜呑みにせず、一応疑って掛からないと意味がないのだ。
先に書いた通り「地球温暖化」は単なる素材であって、主題は情報を鵜呑みにせず、それを吟味して選択する「方法」にあるのだ。

まず、『環境問題のウソ』で池田さんが提示する方法を簡単に言うと、「どのような選択をしてもメリットとデメリットがあり、それを冷静に見据えた上で、よりメリットが多くデメリットの少ないほうを選択する」というものだ。
例えば、「地球温暖化説』が本当だとして、その防止のために「二酸化炭素排出の規制」をしても、その効果はほとんどなく、むしろデメリットの方が多いのだと池田さんは書いている。
どういうデメリットかというと、先進国の人間は化石燃料に依存してるから、これを無理に規制すると莫大なコストが掛かる。
しかし、そうして得られる温暖化防止の効果は、百年後の気温上昇を六年後に遅らせる程度だそうで、たいしたメリットはない。
つまり「二酸化炭素排出の規制」は、莫大なコストをまさに「焼け石に水」のように無駄使いするだけのことなのだ。
だからどうせ地球温暖化説を信じるのなら、もっと有効な金の使い道を考えるべきなのだ。
ナゼこんな「デメリット」が世界中でまかり通っているかといえば、そのことで「メリットを得る少数者」がおり、その少数者が多数の人を騙してるからなのだ。
このように、選択のメリット・デメリットを冷静に比較すると、そこに図らずも「世の中の仕組み」が見えてくるのだ。

同じ本の「ダイオキシン問題のウソ・ホント」という章では、ダイオキシンは確かに毒性があるが、ゴミの焼却などで発生する量は本当にごく微量で、本来はまったく問題にする必要のないというように書いてある。
だから、たとえ「新型高性能ごみ焼却炉」を導入しダイオキシンの量を減らせたとしても、周辺住民の健康被害を食い止めるメリットは全くなく、そのかわり「意味なく高額な焼却炉を税金で買わされる」という大きなデメリットを負うことになる。
しかし、少なくとも焼却炉のメーカーは儲かるだろうし、ここにも少数者だけメリットを得る仕組みが隠れている。

また、「外来種問題のウソ・ホント」では、外来種を人為的に駆除しようとすることのデメリットが語られている。
例えば外来魚で有名なブラックバスは、すでに日本では数は増えすぎ、人間の手でこれを完全駆除することは事実上できない。
そもそも数が増えすぎというより、もう日本の生態系に組み込まれ、その状態で「安定」してしまっているのだ。
そこに人間が無理に駆除しようと介入しようとすると、その安定そのものが崩れかねない。
日本に定住した外来動物はもはや「異物」ではなく、「そのように変化した日本の自然」としてまるごと受け入れるほうが無理がない(外国人だって日本に定住すれば「仲間」として受け入れられるわけだから)。
もちろん、積極的に生物を移入すべきではないが、結果として定住してしまったものを排除しようとするのは、純血主義のファシズムと同じなのだ。
だからブラックバスを「環境破壊の悪者扱い」し人為的に駆除しようとする行為に、文字通りのメリットはない。
もちろんこれにも「文字通りでないメリット」があって、そのひとつに「外来種問題は人間の交通手段の発達や環境破壊が原因なのに、その事実から人々の眼を背ける」という効果があるわけだ。
以上は池田さんの本を適当に要約しただけなので鵜呑みにしないようにw
ぼくの書いたことがどれだけ適当かは「環境問題のウソ」を直接読めば分かるだろう。

次は、橋本治さんの『これが日本の行く道』についてだが、ここにはまた別の選択の方法論が示されている。
この本ははじめに書いたとおり、「地球温暖化」が事実であることを前提に書かれている。
それで「地球温暖化は確実に進行し、このままでは大変なことになってしまうのは明らかなのに、誰もどうすることもできない」という状況に対し、どのような選択が有効なのかをシミュレーションしている。
そして、歴史に「もしも」はないけれど、もし現在の地球温暖化が食い止められるとすれば、どの時代に戻ればそれがやり直せるか?と考え、それを仮に「昭和30年代」に設定している。
もしわれわれが、平成の現在の状況を知ったまま昭和30年代に戻ることができれば、現在のような地球温暖化を食い止められるはずである、というわけだ。
もちろんそれは実現不可能であり、それだけでは何の意味もない妄想に過ぎない。

しかしここからがこの本のスゴイところなのだが、「昭和30年代に戻ることは不可能だが、2008年の今から、昭和30年代風の生活を始めることは実現可能だ」というのである。
例えば昭和30年代は「高層ビル」というものがないから、今から日本中の高層ビルを全部取り壊してしまえば、それだけで世の中はだいぶ良い方向に進むはずなのだ。
まず、高層ビルは都市部に集中してるから、これがなくなると都市の人口が減り、逆に地方の人口が増え、日本中がまんべんなく活性化する。
また高層ビルはその実用性以外に「経済繁栄のシンボル」という役割があって、こんなものがあるからみんなが見栄を張って、二酸化炭素を排出しまくって、必要以上に競争して働きすぎるのだ。
だから高層ビルのない環境で、それぞれの地方が独特の産業を興したり、農作物など必要な分だけ生産すれば、過度な競争が生じない上に文化が多様化し、環境問題も起こらず良いことばかりなのだ。
さらに日本が「高層ビルを壊す」という「見本」を世界中に見せれば、他の国も見習わないとも限らず、地球規模での二酸化炭素排出量を減らすことができるかもしれない。

以上は本の要約というより、ぼくが理解した言葉で書いてあるので、本の内容と違うところもあるかもしれないが、いずれにしろ橋本さんの提案は、実現したら有効かもしれないけど、まず現実的には無理な内容だ。
もちろん著者はわざとそうした無理を書いてるわけで、だからこの論の趣旨は「今から日本中の高層ビルを壊すべし」ではない。
そうではなく、『歴史上の「もしも」を考え、それを「今から」実行してみる』、という選択の仕方を提示してるのだ。
われわれは常にさまざまな選択肢にさらされているが、結果としてその中のひとつしか選択できない。
しかし、自分が現在何か問題を抱えているとして、その問題の原因を「過去の選択の過ち」にあると仮定し、その過去の時点で正しいと思われた選択肢を「今から」採用すれば、それが「これからの問題解決」になりうるわけだ。
この本は「地球温暖化」という大きすぎる問題を扱っているため、著者の提案する選択肢も実現不可能なものとなったが、これは実生活の小さなことにはいくらでも応用可能だと思う。

例えば、ぼくは最近文章をいろいろ書きたいと思っているのだが、いざ何か書こうと思っても自分があまりに何も知らないので愕然として、結局は思ったとおりに書けないでいる。
こんなことになるなら、美大なんかに行かずにもっと普通のちゃんとした大学にいっておけば良かったなんて、ふと思ったりしている。
もちろん、これから受験勉強をして大学に入り直すことはあまり現実的ではないけれど、「いま自分が高校生だったとして、これから自分の行きたい大学を選ぶとしたらどこだろう?」とシミュレーションすることは、少なくとも自分の知識を広げるためには有効な事かもしれないのだ。
まぁ、「過去にそれを選ばなかったことを後悔してるなら、今それを選べば良いじゃない」なんてのは人生相談の答えにありそうだけど、ちゃんとその方法論を実行しようとすると、案外難しくてまた面白そうな事ではある。

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2008年2月12日 (火)

メガゾーン三丁目

『メガゾーン23』というアニメがある。
ぼくはこのアニメを大学に入学した頃に劇場で見て、大変に衝撃を受けてしまった。
とはいっても、ぼくが衝撃を受けたのは、ぼくがまだ何も知らない新入生だったからで、今振り返ると大した内容のアニメではなかったと思う。
いや実は、つい最近「ニコニコ動画」で『メガゾーン23』を久しぶりに見てしまったのだけど、思った以上にストーリーがいいかげんで、こんなものに感動していた自分が情けなくなってしまった(笑)。
しかし、内容はともかく話はテンポ良く進み、絵も上手くて良く動くから、アニメとしては楽しめる作品ではないかと思う。
(そうはいっても「18禁」だから、間違って親子で鑑賞しないように(笑)

『メガゾーン23』は、作品が作られた当時の80年代の東京23区が舞台で、それがタイトルの由来になっている。
それで、バイク好きの少年である主人公が、ふとしたことからロボットに変形可能なバイク「ガーランド」を手に入れることからストーリーが始まる。
(ぼくは当時流行っていた「変形ロボ」が大好きで、このガーランドもバイクからロボットへアニメ的なウソ無しでちゃんと変形するようデザインされていて、こういうところにシビレてたわけだ。)
そんなガーランドを手に入れた主人公は、ガーランドを秘密裏に製造したナゾの組織に追われることになる。
それで東京の街を舞台にカーアクションが繰り広げられるのだけど、80年代当時の東京の街並みが細密に描かれて、なかなか楽しめる。
アクションだけでなく、日常の描写もけっこう細かく描かれて、こういうところは当時よりも今見たほうが楽しめるかもしれない。

例えば、主人公がナゾの組織に追われてる最中、友達(映画監督志望)と「ガーランドを使って自主映画を作ろう」ということになるのだけど(めちゃくちゃなストーリーだ・・・)、そのときに使われるのがビデオではなく「8mmカメラ」だったりする。
今は一般向けのムービーカメラはビデオが当たり前だけど、ビデオカメラが普及し始めたのは80年代の終わりごろからなので、『メガゾーン23』の時代は8mmフィルムが当たり前だったのだ。
自主映画作りのシーンは結構執拗に出てきて、エディターで編集するシーンもあったりするのだが、今の若い人が見ても意味が分からないかもしれない。

ともかく、ガーランドに乗った主人公は、ナゾの組織に追われながらも自主映画を撮影してゆくのだがw、ふとしたことで高速道路から分岐したナゾの地下通路に迷い込んでしまう。
そのナゾの地下通路はナゾのエレベーターへとつながっており、ナゾのエレベーターはガーランドに搭乗した主人公を乗せてどこまでも「上昇」してゆく・・・
そしてエレベーターの着いた先は・・・なんと宇宙空間で、つまり主人公が暮らしていた「東京23区」は、実は巨大宇宙船の内部に作られた東京23区そっくりの「レプリカ」だったのだ!
その宇宙船の名前が「メガゾーン23」で、実は地球文明は500年前に滅亡しており、「メガゾーン23」はそこから脱出した移民宇宙船の一隻だったのである。
それで「メガゾーン23」の管理コンピュータは、「人類がもっとも幸せだった時代」である1980年代の街並みを船内に再現し、そこに人々を住まわせたのである。
「メガゾーン23」の住人はみな宇宙船の存在を知らず、管理コンピューターによって「1980年代の東京都民である」と思い込まされており、例えば地方や海外に旅行した人は「旅行した」という記憶をインプットされて戻ってきたりしている。
一方で、「メガゾーン23」を管理する人々もいて、その人たちは当然のことながら宇宙船のことも、管理コンピューターのことも、虚構の街のことも知っている。
そして、主人公を追っていたナゾの組織とは、「メガゾーン23」の管理人組織で、「メガゾーン23」を宇宙から攻撃する敵に備えて軍隊を組織し、その兵器としてロボット「ガーランド」を製造したのだ。

でまぁ、大学当時のぼくが衝撃を受けたのは「自分たちが住んでいる街は、実は宇宙船の内部だった」ということが判明するシーンなのだけど、この設定には元ネタがあって『メガゾーン23』のオリジナルではないし、SFとしてはもはやありきたりだろうと思う。
しかしそういう設定を初めて見たぼくは、非常にビックリしてしまったのだ。
哲学には「独我論」という考え方があり、これは「目に見えたり手で触れたりできる現実世界は、人間の五感を通してしか確認できないから、現実と思えるものは全て虚構で、自分が作り出した夢のようなものかもしれない」というようなことである。
この「独我論」の考えでいうと『メガゾーン23』の設定は十分ありえるし、『メガゾーン23』というアニメは「独我論」の可能性をリアルに描写している、ともいえるのではないかと思う。
「独我論」は、現代思想の世界では成立しないことが証明してしまったらしいのだが、「全てを疑って考える」ということの出発点基本であることに変わりはないだろう。
ぼく哲学や思想は得意でもなんでもないし、当時「独我論」なんて言葉も知らなかったのだけど、「自分の根本」を揺るがすようなSF的設定に、大いに反応してしまったのだ。

『メガゾーン23』はその設定を知ると、東京の街や日常生活の描写がやけに細密なことの理由も分かってくる。
日常の描写が細かくてリアルだからこそ、「虚構の街だった」という設定が生きてくるのだ。
そして、「虚構の街だった」という劇中の設定は、「アニメにより描かれた東京の街並み」という現実と奇妙にオーバーラップする。
東京のようなありきたりな街並みは、普段は価値のないものとして見過ごされているが、「虚構の街だった」ということが分かれば、同じものでも意味が違ってくるだろう。
日常的な街並みにさしたる価値を見出せないのは、そこに自分が生活者として埋没してるからだろうと思う。
しかし「虚構の街だった」と分かってしまうともうその中には埋没できないから、一歩引いた立場からの「観察対象」になるに違いない(パニックになる人もいるだろうが)。
もちろん「虚構の街だった」というのは現実的には有り得ないのだけど、「現実そっくりに描かれたアニメ」というのもまた、似たような意味で観察対象となる。
観察対象とは「見て面白いもの」の別名だから、『メガゾーン23』には二重の意味での面白さがあり、なおさらアニメの「絵」に見入ってしまうのだ。

こんなふうに書くと『メガゾーン23』が上質なSFアニメのように誤解されそうだが、基本はあくまで「バカな内容の楽しいアニメ」だから、過剰な期待はしないほうがいいだろう(笑)
しかし、「同じ街並みがまったく別の価値観で見えてしまう」という感覚は、今振り返るとぼくの「非人称芸術」のコンセプトに何らかの影響を与えていたのかもしれない。
実際、ぼくが「非人称芸術」として街を観察する視点は、「虚構の街」であることが判明した街を観察する視点と似たところがある。
例えば、ぼくは「街の歴史」や「建物の言われ」などにほとんど興味を持たないのだけど、もし「虚構の街だった」ことが判明したとすれば、そのような歴史的事実も全て虚構として無意味になってしまうだろう。
「歴史という物語」が無効となれば、あとはその対象の「造形性」のみが問題となり、その視点の先に「非人称芸術」というコンセプトも生じるのである。
ぼくは街中の人工物に対し、その歴史を含む「それが何であるか」という意味を頭の中から排除し、純粋な「造形性」のみに注目し、それを「フォトモ」で再現している。
フォトモとして表現された街はいわば「虚構の街」だから、フォトモを見る人にも「虚構の街」を観察することの楽しさが、何となくにせよ伝わっているのではないかと思う。

さて、この記事のタイトルは『メガゾーン三丁目』となっているが、『メガゾーン23』には新宿や原宿は出てきても、特に「三丁目」は出てこない。
この「三丁目」は実は映画『ALWAYS三丁目の夕日』のことで、このDVDを昨晩見たのだった。
『ALWAYS三丁目の夕日』は、昭和30年代の東京の下町で暮らす人々を描いた映画で、当時の街並みをセットとCGを駆使して、ほぼ完全に再現したことで話題になった。
DVDに収められたメーキングビデオを見ると良く分かるが、ロケで撮られたように思われた街並みも、ごく一部がスタジオ内に作られたセットで、遠景や空はCGで描かれているのだ。
そして、そんな『ALWAYS三丁目の夕日』を見ながら、ふとこの映画が『メガゾーン23』の続編のSFとしても見られることに事に気付いたのだ(笑)。
『ALWAYS三丁目の夕日』は街並みが全てレプリカで再現されているから、これを「地球文明滅亡後に脱出した宇宙船内部に作られたレプリカの街に暮らす人々」という設定として解釈しても矛盾はない。
アニメ『メガゾーン23』の設定では、地球を脱出した宇宙船は「メガゾーン23」以外にも何隻かあるらしいから、宇宙船「メガゾーン三丁目」があってもおかしくない。
そして、「メガゾーン23」の船内が「人類がもっとも幸せだった時代」として1980年代に設定されているように、「メガゾーン三丁目」の船内は昭和30年代に設定されているのだ。
あと他にも地球を脱出した宇宙船はあるだろうから、例えば船内が江戸時代に設定された「メガゾーン水戸黄門」というのもあって、ここでは週一回黄門様が印籠を出すことを、500年もの間繰り返されているのである。
たまに黄門様が世代交代することもあるが、管理コンピューターに精神操作された住人は、これにまったく気付かないのだ・・・
と、そのように妄想を暴走させるのも、映画やドラマを見る楽しみ方のひとつなのだ(笑)。

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