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2008年11月

2008年11月29日 (土)

フォトモとまちづくり・祝福と呪詛

前回の記事のコメント欄で、まちづくりとフォトモの関連についての書き込みをいただいたので、それについてあらためて記事を書いてみる。

ぼくはたびたび、「まちづくり」という名目で地方に招待され、ワークショップを行なっている。
実のところ、ぼくはワークショップをすることが、けっこう好きだったりするのだ。
ぼくのワークショップのネタは「フォトモ」だけではなく、「ツギラマ」だったり、「2コマ写真」だったり、「路上ネイチャーフォト」だったりと色々である。
いずれの表現形態にしろ、「自分の知っている方法論」を他人に伝え、その方法論で「自分の知らない作品」が出来上がるのは、なかなか面白いことである。
また短期間のワークショップはどうしても技術が伝え切れず、ともすれば作品が未完成に終わってしまいそうな生徒も出てきてしまうのだが、そのような「素材」を頭をフル回転させて完成作品に導くのも、普段では味わえないクリエイティブな経験だったりする。

そのように技術的なことだけではなく、実は「まちづくり」という要請と「非人称芸術」というコンセプトとは親和性があり、その意味でワークショップは心理的負担が少なく楽しく仕事が出来る。
そもそも、ぼくがワークショップを行うと、「まちづくり」という要請が前提に無くとも、結果的に「まちづくり」の意味を帯びてしまう。
それはぼくが提唱する「非人称芸術」のコンセプトが、「街」に対する新たな視点の提示し、それによって「街を作り変える」ことを意味しているからである。
「まちづくり」が要請されるのは、その街が「そのままでは魅力が無い」と思われているからだ、と言える。
現状では魅力が無いと思われる街を、「魅力のある街」へと作り変えなければならない、というのが「まちづくり」の根源的な意味だと思う。

そのような「まちづくり」の要請に対し、ぼくは「この街はそのままで十分に魅力がある」という視点を提供し、それが「非人称芸術」の意味である。
自分たちの街を「そのままでは魅力が無い」と思うのは、ある意味「目の付け所=視点」が硬直化しているからである。
しかし、ぼくが提示する「非人称芸術」という視点を通して同じ街を見ると、「そのままで十分に魅力がある街」として再発見されるのだ。
いや「非人称芸術」という小難しい理屈は分からなくとも、フォトモやツギラマ的視点で街を見るだけで、新鮮な気分になれるはずである。
なぜなら、ぼくは普段その街の人が気に留めずに見過ごしていたようなものを、作品化する。
「魅力が無いはずの街」をそのままに、手の込んだフォトモやツギラマで作品化し再現すると、見る人はそのギャップにクラッときてしまう。
魅力が無いはずのわが街に、「得体の知れない魅力」が隠されていたことを、否が応でも再発見させられるのである。
まぁ、ぼくは作品を作る人なので見る人の気持ちは想像でしかないのだが、大体はそんなところだろうと思う。

今日は内田樹さんの『昭和のエートス』を読んでいたのだが、そこに尊敬する白川静先生から学んだ学恩として「世界は呪詛と祝福に満たされているという言語観」(P.087)が挙げられていた。
また、同時に読み始めた『橋本治と内田樹』には「祝福」のいちばん素朴な形態として「国誉め」と言うのを挙げている。

>「国誉め」というのは、小高い丘に立って、四囲の風景を仔細に叙して、「民のかまどはにぎわいにけり」と告げることである。山の緑がどれほど深いか、谷川の清流がどれほど透明か、鳥や虫の声がどれだけ多彩か、人々はどんな風に日々のたずきの道を整えているか、そういうことを淡々と記述することによって、「このように世界があることは、わりと奇跡的なことなんだよ」と教えてくれることである。同じ意味で「右に見える競馬場、左はビール向上」と歌ったユーミンも、「江ノ島が見えてきた、俺の家も近い」と歌った桑田圭祐も、「長崎は今日も雨だった」と歌った前川清も、「国誉め」の伝統をただしく踏まえている。それらの歌曲が「国民歌謡」として久しく歌い継がれているのは、それが「祝福」の本義にかなっているからだ。

で、これを見てピンと来たのだが、つまり「非人称芸術」とは「祝福」の形態の一種なのである。
そして、「フォトモ」や「ツギラマ」や「2コマ写真」や「路上ネイチャーフォト」などの作品は、どれも「国誉め」の一種なのだ。
「非人称芸術」とは、独自の「祝福」の形態である。
「非人称芸術」は、独自の方法論で、独自の対象物を「祝福」する。
それはいまだ一般的には「祝福」されていないもの、一般的な「祝福」から漏れてしまっているものを対象としている。
だから「非人称芸術」は、一般的に既に「祝福」されているものは、「祝福」しないのだ。
ぼくは観光地や有名建築などはフォトモのモチーフの対象から外しているが、それらは既に一般に「祝福」されており、いまさらぼくが「祝福」する理由が無いのである。
ユーミンや桑田圭祐が歌う「オシャレな日本」も、すでに十分に「国誉め」されていて、ぼくの出る幕は無い。
結婚式もまたしかりで、ことさらフォトモで「祝福」する必要の無いものである(まぁ、してもいいんだけど・・・)。

白川静香先生が「世界は呪詛と祝福に満たされているという言語観」を提示されたと言うのであれば(ぼくは原典を読んでないのだが)、祝福されていないものは「呪詛」されていると解釈できる。
つまり今は東京のオシャレなイメージだけが「祝福」されていて、地方の若者がどんどん東京へ流入している。
その反対に地方からは若者が少なくなり、それが地方にかけられた「呪詛」なのだ。
また最近は、「ヤマダ電機」とか「ユニクロ」とか「ジャスコ」とか、全国展開する大手チェーン店がやたら「祝福」される一方で、昔ながらの商店街はどこも寂れつつあり、そのように「呪詛」されている。
最近の日本は「グローバリエーション」にかなうものだけが「祝福」され、何もかもが東京に一極集中し、地方は寂れながらどこも東京に似た均質な風景に変わりつつある。
そして、特色ある「地方のアイデンティティ」は、まさに「呪詛」されているかのように急速に失われつつある。

街に「まちづくり」が必要なのは、その街が「呪詛」されているからである。
そういう表現をするとなにやら物騒だが、「呪詛」を破るには「祝福」すればいいのである。
わが街に対する「国誉め」を積極的に行えば、「呪詛」は自然と解除される。
では具体的に街の何を「祝福」し、どのように「国誉め」するのか?
と言うその方法を、ぼくは「非人称芸術」や「フォトモ」で提示したいのだ。

「フォトモ」と言うのは、恐らく「国誉め」としては万能な手法なのだと思う。
なんでもフォトモで再現してしまえば、それなりに面白い作品になるからだ。
しかし、先にも書いたように、観光地や名建築をフォトモで「国誉め」したところで、その街が活性化するかどうかは疑問である。
「まちづくり」が必要な街は、観光地や有名建築のような「祝福」された以外の場所が、「呪詛」されている可能性があるからだ。
ぼくはそのように、一般に「呪詛」されていると思われる場所を、積極的に「祝福」し「国誉め」したいのだ。
そのための方法論が「非人称芸術」であり「フォトモ」や「ツギラマ」などの写真手法なのである。

まぁ、ぼくの提示する「祝福」や「国誉め」が、他の人にとって実際どれだけ有効なのかは、正直不明である。
だが、少なくとも自分の目から見ると、世界は「祝福」に満ちていて、思わず「国誉め」の写真を撮ってしまうのだ。

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2008年11月28日 (金)

フォトモからの逃走

ぼくはちょっと前まで、「フォトモは非人称芸術の記録のためのメディアであり、それ以外のあり方は認められない」と言うように気張っていた。
アートと言うのは結局のところ「体面が全て」のような側面があるから、そういう毅然とした態度をとるべきである、と思っていた。
しかし、ここ最近は自分自身がモダニズムからポストモダニズムへと「改宗」しつつあり、その一環としてそういうこだわりから逃れようと試みている。
別な言い方をすると、ぼくはフォトモというものを拘束し、逆にぼく自身もフォトモに縛られ過ぎていたので、そんな状況からの逃走を試みているのだ。

逃走は、クリエイティブな行為である。
なぜならその場から逃走するということは、別なところに「逃げ場」を創造することと同意だからである。
自分を縛り付けている概念から逃走するには、自分の中に「逃げ場」としての「新たな概念」を構築するしかない。
それで最近は、生物学とか、認識論とか、現代思想とか、芸術論とか、ともかく色々と異分野の概念をブリコラージュすることに熱中している。
まったく異なる分野の概念をブリコラージュすることで、その落差によって、より広大な「概念のスペース」が生じる。
そのようにして新たな「逃げ場」を確保すると、自分を拘束していた古い概念が次第に解体され、やがて新しいより大きな概念へと統合されるようになる。

まぁそうなってくると、例えばこんな↓フォトモが突然、宅急便で送られてきても、初めはちょっとショックを受けるがすぐに気を取り直して落ち着くことが出来るようになるw

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これは去年、米子市で開催されたイベント「88フォトモ」でお世話になったカヤノさんから先月送られてきたフォトモだ。
カヤノさんは、地元商店街の活性化のためのイベントとして「88フォトモ」のワークショップを企画し、そしてぼくは講師として招待され、カヤノさんにフォトモの技法の基本を伝授したのだ。
地元でカメラマンの仕事をされているカヤノさんは、なかなか器用でセンスもあり、短期間のワークショップでフォトモの基本をすっかりマスターしてしまった。
しかし、それはあくまで「技法」についてであって、ぼくにとって肝心の「非人称芸術の記録メディアとしてもフォトモ」というコンセプトは、伝達率0パーセントだったようである。
でなければ、このようなフォトモになるわけがなく、これは「自分の結婚式」を表したフォトモであり、従って「非人称芸術」とはまったく持って無関係なのである。
実はカヤノさんはそれ以前に、地方局のとある番組に出演して「非人称芸術とは無関係のフォトモ」を製作披露したことがあり、その事後報告を受けた時もちょっとクラッと来ただけですぐ持ちこたえることが出来たw

まぁ「非人称芸術」というコンセプトはマニアック過ぎて一般には分かりづらいものであり、対して技法としての「フォトモ」は親しみやすいものなので、このような「ズレ」が生じるのは当たり前である。
むしろ、「非人称芸術」というコンセプト抜きのフォトモのほうが、純粋な技法としての「フォトモ」本来のあり方だと言えるかもしれない。
そしてぼくは、今後はそのような「非人称芸術」とは無関係なフォトモが、世の中にどんどん出てくればいいと思っている。
フォトモは、「非人称芸術」とは関係なく、純粋に「技法」としてどんどん普及した方が良いと思う。
そして、そのようにフォトモの技法が(写真術のように)一般化することで、ぼくの「非人称芸術の記録としてのフォトモ」も別の評価のされ方をするかもしれないのである。
どうも今のところ、ぼくのフォトモは「技法」として目を引き過ぎていて、肝心の「非人称芸術」というコンセプトがまったく評価の対象外になっているような気がしてならない。
フォトモそれ自体が世間にありふれた表現と認知されるようになれば、ぼくのフォトモの「特殊性」もまた認知されるようになるかもしれない。

ともかく、ぼくはフォトモを一定のコンセプトと結び付けて限定してしまったけど、その拘束を解除してしまえば、フォトモは誰にでも親しみやすい技法として、広く普及するキャパシティを持っているはずだと思う。
だからこれからは、結婚式場のサービスでも何でも、フォトモをいろんな方面に応用されれば良いと思う。
自己表現のアートでも、金儲けのビジネスでも、その人の好きなように「フォトモ」を役立てれば良いと思う。
もちろん、ぼくはフォトモを完全に捨て去るつもりはないし、これからも自分の表現として「非人称芸術の記録としてのフォトモ」を製作してゆくつもりだ。
必要なのは役割分担であり、ぼくも含めて皆それぞれのフォトモを作れば良いのである。

実はつい先日、テレビ東京の『チャンピオンズ』という番組から、ぼくに「フォトモ名人として出演して欲しい」と言う依頼が来たのだが、企画内容を聞くと「非人称芸術の記録としてのフォトモ」などというコンセプトは、どうにも伝達できそうな雰囲気ではない。
しかし無下に断るもの何なので、ちょっとひらめいて「結婚式のフォトモ」の作者であるカヤノさんを、番組出演者として推薦することにした。
実力も経験もある人材なので、きっと彼なりにうまくやってくれるだろうと思う。
残念ながら、ウチにはテレビがないのでどんな番組なのか確認することは出来ないけど・・・

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2008年11月27日 (木)

「普通の写真」を撮る練習

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最近ぼくは、「普通の写真」を撮る練習をしている。
それがここのところ、このブログの記事に貼り付けているスナップ写真である。
これの写真は文字の多いブログに華を添えるための「飾り」だから、特に断り書きのある場合以外は本文とはまったく関係ない。

なぜこんなふうに普通の写真を撮る練習を始めたのかというと、自分が撮影するところの「特殊な写真」とは一体何なのか?を把握するためである。
ぼくの撮る「特殊な写真」は必ず「非人称芸術」というコンセプトと結び付いている。
だからぼくは、「非人称芸術」とは何か?を知るために普通の写真の練習を始めた、と言い換えることが出来る。

「非人称芸術」はぼくが自分で構築したコンセプトだから、それが何なのかは既に知っているはずである。
しかし「知る」ということには色々なアプローチがあり、自分が考えたことについて100パーセント本人が知っているとは限らない。
そして今ぼくが知りたいのは、「非人称芸術」というものを「外側」から見た場合、それはどういうものなのか?ということである。
平たく言えば、「非人称芸術」を客観的に捉えてみたい、と言うことだ。
「非人称芸術」を主観ではなく客観的に、自分の目ではなく他人の目で、それを「外側」から捉えてみたいのだ。

「非人称芸術」と結び付いた「特殊な写真」の「外側」は、世間一般で認められている「普通の写真」に満ちている。
だから意識的に「普通の写真」を撮る練習し、自分自身が「普通の写真を撮る他人」になりきることで、「非人称芸術」を他人の目で外側から捉えることが出来るはずだ。
「普通の写真を撮る他人になりきる」とは、通常の自分とは異なる、他人の「行動プログラム」を方法論的に採用する、ということである。
自分には自分独自の「行動プログラム」がありそれが「非人称芸術」なのだが、それを客観的に対象化するため、「普通の写真を撮る」というまったく異なる「行動プログラム」を、自分の中に同居させるのだ。
「非人称芸術」と「普通の写真を撮る」はまったく異なる種類の「行動プログラム」であり、互いに相反し交じり合うことがない。
このように異なる「行動プログラム」を、自分のうちに同居させることができるのか?そしてそのことに何か意味があるのか?というのがこの実験なのである。

それでは「普通の写真」とは何なのか?
まぁ、普通は「普通の写真」しかないから、この問いは「写真とは何か?」に置き換えても良いかもしれない。
編集者の後藤繁雄さんは『僕たちは編集しながら生きている』の中で次のように書いている(p147)

>僕は、自分なりの写真論として「今の写真は微妙な違いが、決定的な差になる」と書いたことがありますが、それは文章についても同じことが言えると思うのです。人がリアルに思う、つまり、共感したり、ツボにはまったり、グッときたりするものは、実は「微妙さに忠実である」ということでしょう。

この本はだいぶ前に読んだのだが、このくだりだけは妙に覚えている。
それはあまりにも自分の写真論、方法論とかけ離れており、それだけに心に残ったのだ。
そして数年経ったつい最近、この写真の方法論を自分でも試したくなったのである。
もちろん先に言ったように、方法論を宗旨替えするのではなく、「これまでの自分」を保ったまま、別の方法論を同居させるのである。

で、これが具体的にどのような方法論かというと、「学ぶことは真似ぶこと」の基本通りに、意識的に「他人の真似」をするのである。
今の写真は、お互いがお互いの真似をし合って、どれも似たような写真であふれているように思える。
しかし、それぞれの写真の「微妙な違い」が、「決定的な差」として捉えられるのだ。
例えばぼくが真似しようとしているのは、いわゆる「街角スナップ」なのだが、似たような写真はそれこそ世の中にあふれている。
しかし、同じような街角スナップでありながら、ブログで細々と作品を発表するアマチュアから、写真集がベストセラーになる作家まで存在し、まさに「微妙な違いが、決定的な差になる」の指摘通りである。
このような写真で成功する方法は、自分でもまだ良く分からないのだが、とりあえずは撮りながら考えるしかない。
そして他人の写真をとにかくたくさん見て、真似ることである。
もちろんぼくの第一の目的はその道で成功することではなく、そのような「行動プログラム」に自分自身が従い、考え行動すること自体にある。

ぼくの通常の創作の方法論は、他人の方法論を意識的に「誤読」する、というものだ。
自分の写真表現はゼロから構築したものではないが、かと言って他人のコピーではない。
それは他人の方法論のミスコピーであり、間違っているが故にオリジナルな表現となるのだ。
しかしこの方法論は、今の時代からは外れており、人々の評価を得るのが難しい。
それにぼくは最近、この方法論自体に少々飽きてしまっている。

マルセル・デュシャン全著作』に収録された対談の中に、以下のくだりがある(p274)。

>もっとも危険なことは一種の様式に、例え『チョコレート粉砕機』の様式であっても、それにはまってしまうことだとお分かりになりませんか。

『チョコレート粉砕機』はデュシャンが「機械的なデッサンはいかなる様式も含んではいません」と表現する技法で、ガラス板に描かれた絵画作品である。
デュシャンは、表現が様式にはまることを極端に嫌い、そのために「様式を含まない機械的デッサン」を編み出したが、それすらも繰り返すうちに様式化してしまうだろう、というように語っている。
これは岡本太郎が「芸術は新しくなければならない」と言い表したことと同じで、『今日の芸術』では表現の様式化、自己模倣化を戒める内容が書かれている。
ぼくはこの主張に強く影響され、自分なりに様式化を避ける方法論を模索してきた。
しかしこれを繰り返すうち、最近は「様式化を避ける」という行為自体が「様式化」してしまったような気がしている。
「様式化」とはつまり「飽きてきてしまった」ということである。

そこで「様式化を避ける」という「様式」を避けるために、様式化した「普通の写真」の練習を、ちょっとやってみたくなったのである。
芸術において「様式化」を恐れる態度は、全時代的なモダニズムの遺物でしかなく、今の時流は「様式化」そのものを恐れたり、問題視したりなどしない。
ぼくはある意味「古いタイプの芸術家」なので、「新しいアーティスト」の方法論をちょっと試したくなった、というだけのことかもしれない。
そして、それが自分にとって意味のあることなのかどうか、今のところは良く分からない。

しかしまぁ、少なくとも自分の大好きなデジカメやレンズを使う口実にはなるだろうと思う。
「非人称芸術」のコンセプトにこだわっていると、被写体が限られ、使用するカメラやレンズも限定される。
しかし他の写真家のように「何でも撮る」ということであれば、被写体に縛られずに、自分の好きなカメラやレンズを思う存分使うことも出来る。
たとえば、OLYMPUS E-3にMakro-Quinon 55mm F1.9を付けっぱなしにして、その画角だけで撮ると、なんとなくスナップらしい写真が撮れたような気になる。
また最近は、RICOH R10の「固定焦点モード」を活用した、素早いスナップなども試している。
これはある意味クリエイティブな行為に違いないが、ぼくがメインで行っているクリエイティブとはらかに異質なものであり、それだけに新鮮に感じられるのだ。

そんな風にして撮った「普通の写真」だが、それをこのブログのテキストに「飾り」として添えるのは、自分でもちょっとどうかなと正直思っている。
なぜなら、最近のこのブログの話題は認識論や芸術論が多く、そこに無関係の写真が添えられると、いらぬ混乱を誘発するだけと言う気がしてしまうのだ。
「普通の写真」はそれだけ別のブログにまとめた方が良いのかもしれないが、それもまた面倒だったりして、今は検討中である。

 

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2008年11月26日 (水)

芸術とは「認識の迂回路」である

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前回の記事で、哲学は「思考の迂回路」であり、それはルーブ・ゴールドバーグ・マシンのようなものだと書いた。
そして芸術とは「認識の迂回路」であり、それもまた、ルーブ・ゴールドバーグ・マシンのようなものである。
と、本当はこれが言いたかったのだが、前回はそこまで到達できずに、前提を迂回したところで終わってしまったのだ。
以前の別の投稿で、ぼくは芸術は「認識の境界面」であると定義した。
しかし別の見方をすれば、芸術は「認識の迂回路」なのだと定義することもできるのだ。

描かれたリンゴと実物のリンゴ

ここで、「自分がある画家のアトリエを訪問した場面」を想像してみよう。
画家はちょうど、テーブルの上に置かれた一個のリンゴの絵を描き終えたところである。
リンゴの絵は細密な油彩で、本物のリンゴそっくりに描かれている。
この場合、「描かれたリンゴ」と「実物のリンゴ」を見比べて、思わず「実物のリンゴ」に目が行ってしまう人は、恐らく飢えて死にそうな状態にあるのだろう。
そういう緊急の場合でもない限り、「描かれたリンゴ」の方に目が吸い寄せられるのが普通だ。

本物そっくりの「描かれたリンゴ」とは、言ってみれば騙し絵である。
「描かれたリンゴ」は実物と同じように立体的でありながら、実は平面の絵である。
しかし、「描かれたリンゴ」を見る人は、それを「実物のリンゴ」だと思って騙されて見ているわけではない。
そもそも「実物のリンゴ」は日常にありふれており、飢え死にしそうな時でもない限り、特に注目することは無いのだ。
つまり「描かれたリンゴ」に見入る人は、自分が騙されていることを分かっていながら、その騙しのテクニックの見事さに、見入っているのである。
それと同時に、「描かれたリンゴ」が「実物のリンゴ」のように錯覚してしまう、自分の認識の「不思議さ」を堪能しているのだ。

「描かれたリンゴ」に見入っている人は、「描かれたリンゴ」を迂回して「実物のリンゴ」を認識している、と言い換えることが出来る。
「実物のリンゴ」を直接認識することは、単なる日常であり、特に面白いことではない。
しかし同じリンゴでも「迂回路」を経由して認識することは非日常的な経験であり、だから惹き付けられてしまうのだ。
描かれたリンゴを見る人は、絵のタッチや絵の具の質感、画家のデッサン力の高さ、立体が平面に置き換えられることの不思議さなど、様々な「絵の見所」を迂回しながら、ゆっくりとリンゴを認識する。
いや、「リンゴを認識する」という目的はあくまでも口実でしかなく、本当の目的は「認識の迂回路」そのものを堪能することにある。
つまり芸術の意味は「認識の迂回路」であり、それはルーブ・ゴールドバーグ・マシンのように「迂回することそのもの」が目的化されているのである。

このことは、「芸術ではないもの」との比較でより明らかになる。
例えば、同じ絵画でも「イラスト」は芸術ではない。
商品カタログに描かれたイラストは、「実物の商品」を指し示すことが主目的であり、どんなに味わいのあるタッチで描かれていたとしても「認識の迂回路」としての目的はあくまでも二の次である。
また、実物と同じ大きさで作られ、実物と同じ色に彩色された写実彫刻は、芸術にはなりにくいとされている。
つまり実物にあまりに似過ぎた作品は、芸術としての「認識の迂回路」が形成されにくいのだ。
このことを示すように、芸術としての「等身大写実彫刻」は、大理石にしろブロンズにしろ彩色されていない。
また、生々しい彩色人体彫刻で知られるロン・ミュエクの作品は、等身大の倍以上の大きさか、倍以下の小ささで作られている。
このように、いかに写実的な表現であっても、芸術作品は必ず実物とは異なる「次元」に位置しており、それにより「認識の迂回路」としての機能を果たしているのだ。

写実表現以外の認識の迂回路

芸術の意味が「認識の迂回路」だとすれば、それは写実表現に限らないはずである。
そもそもフランスで印象派絵画が生まれた当時、その時代の芸術的権威であるアカデミーは、芸術=写実表現と定義していた。
しかしそのように表現が一律に固定されると、「写実」という表現に内在する「認識の迂回路」としての機能が、次第に失われるようになった。
早い話、実物のリンゴを「そのまま」描いただけの絵は、もはや当たり前となり、とても「認識の迂回路」とは言えなくなってしまったのである。
そこでアカデミーに反発した印象派の画家たちは、精緻なタッチで実物を直接的に表現するのではなく、自由奔放なタッチと色彩で認識を迂回させながら、実物を描写したのである。
印象派の画家たちの新しい芸術の表現とは、新しい「認識の迂回路」だったのである。

しかし印象派の絵は当初、「あまりに雑なタッチで、何か描いてあるのか分からない」というように、アカデミーはもちろん世間からも相当に悪評だった。
印象派の絵を見て「何が描いてあるのか分からない」と非難する人は、そこに提示された新しい「認識の迂回路」が理解できていないのだ。
それは巧妙に作られたルーブ・ゴールドバーグ・マシンを見て、「何をするための機械か分からない」と非難する人と同じである。
印象派の絵画は、現実の風景や、人物や、静物などが描かれているが、それは実物をリアルに見せるためのイラストではない。
そのような「直接的」な機能は、絵画より効率的で正確な「写真術」に取って代わられようとしていた。
そのような理由もあり、印象派の画家たちは、実物をモチーフにしながら、そのモチーフに至る「認識の迂回路」をキャンバスに描いたのである。

印象派に続いて登場した、さまざまな「イズム」を持つ芸術家たちも、皆それぞれ印象派とは異なる「認識の迂回路」を提示している。
フォービズムも、キュビズムも、シュールレアリスムも、それぞれに異なる「認識の迂回路」を提示している。
ピカソは新聞記者に次のようなことを語っている。

>人はみな絵画を理解しようとする。ではなぜ人は小鳥の歌を理解しようとはしないのだろうか。美しい夜、一輪の花、そして人間をとりまくあらゆるものを、人はなぜ理解しようとはせず、ただそれらを愛するのだろうか・・・

モチーフが極端にデフォルメされたピカソの絵画を見て「これは何が描かれているんですか?」と聞きたがる人は、そもそも絵画を愛していない。
絵画を愛するとは「認識の迂回路」そのものを愛することであり、モチーフの極端なデフォルメはピカソが提示した「認識の迂回路」そのものなのだ。

鑑賞者が創造する表現の迂回路

ポストモダンといわれる現代において、芸術が「認識の迂回路」であることは、もはや当たり前の前提となった。
いや、「認識の迂回路」はぼくがついこの間思い付いただけの言葉に過ぎないが、この言葉は現代芸術とは何かを、上手く表しているように思えるのだ。
ポストモダン時代のアーティストは、モダニズム時代の芸術家のように「イズム」を掲げてはいなくとも、みなそれぞれ独自の「認識の迂回路」を提示している。
「認識の迂回路」のない作品は、アートとしての含みの無い駄作だとされてしまう。
また、アーティストが仕掛けた「認識の迂回路」が余りに見え透いた作品も、「見え透いている」という理由で駄作とされてしまうだろう。
学生の未熟な作品は、迂回を目指しながら路が途絶えてしまっている。

そもそも「芸術」に値するような豊かで奥深い「認識の迂回路」は、人間の理性的思考で仕掛けられるようなものではない。
理性的思考で仕掛けられた「認識の迂回路」は、必ず鑑賞者に見透かされてしまう。
優れた芸術家は、作品に理性を超えた「認識の迂回路」が形成される「タイミング」をなぜか知っており、これが「才能」とか「天才」とか言われるものである。
実のところ、芸術の「認識の迂回路」は作者自身が仕掛けているようでいて、実は芸術の「鑑賞者」の創造物なのである。
芸術の「認識の迂回路」は、芸術の作者自身が一義的に決められるわけではなく、鑑賞者のセンスによって行く通りにも見出すことができる。
この点芸術の「認識の迂回路」は、ルーブ・ゴールドバーグ・マシンの一義的な機械的迂回路とは異なる。
芸術に備わる「認識の迂回路」にはひとつの「正解」があるわけではない。
そうではなく、さまざまな「認識の迂回路」の可能性に開かれた作品が、優れた芸術なのである。

印象派から始まる「表現の迂回路」は、写実表現から次第に遠ざかり、完全な抽象表現や、作品という形態をも超えたパフォーマンスにまで発展した。
しかし、あらゆる表現が並立する現代において、「表現の迂回路」は必ずしも写実表現から遠ざかることを意味しない。
だからたとえ写真作品であっても、そのリアルな描写と現実との「微妙な差異」が、かえって遠大な「認識の迂回路」となって現れることもあるのだ。
そういえば先月、写真家の湊雅博さんの個展「環-Fusion」の作品がひどく気に入りじっくりと見入ってしまった(アップフィールドギャラリーにて、11月30日まで開催中)。
ぼくは湊さんの写真にある種の「懐かしさ」を覚えたのだが、湊さん自身にそのつもりはないという事だった。
だからぼくの感じた「表現の迂回路」は自分独自のものであり、湊さんの写真は多様な解釈を許す「幅」を持った作品なのだろう。
しかしあるご婦人は、会場にいた作家の湊さんに「これは何を撮ったんですか?」としきりに尋ねていた。
湊さんは真摯な対応をされていたが、ぼくはピカソのエピソードを改めて思い出していたのだった。

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2008年11月23日 (日)

パタフィジックなルーブ・ゴールドバーグ・マシン、と哲学

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マルセル・デュシャン全著作』に、自らの作品『3つの停止原器』について書かれた文の最後に、以下のようなくだりがあった(P.333)。

>直線がある点から他の点への最短距離にあるとする概念にパタフィジック的(対象の潜在的能力の空想的な解決を図るジャリの空想科学)疑念を投げかけたのです。

『3つの停止原器』は、1mの長さの縫い糸3本を、1mの高さから落とし、その時偶然にできた曲線を固定したものである。
「直線」の概念に疑問を投げかけるため、「曲線」を持ち出すあたりは「非ユークリッド幾何学」を髣髴とさせ、さすがデュシャンである。
しかし「パタフィジック」という言葉の意味がいまひとつ分からない。
そこでウィキペディアで調べると、以下のように書いてあった。

>パタフィジック(または形而超学、空想科学、フランス語:'Pataphysique, 英語:'Pataphysics, パタフィジックス)とは、フランスの作家アルフレッド・ジャリの造語で、形而上学(フランス語:Métaphysique)の領域を超えたところにあるものを研究するために使われる哲学のこと。それは現代科学の理論・方法のパロディで、ナンセンス(Nonsense)な言い回しで表されることが多い。パタフィジックを行っている人をパタフィジシャン('pataphysician)またはパタフィジキスト('pataphysicist)という。

なるほど・・・これは分かる気がする。
つまり、ぼくが以前このブログに投稿した「11月」と題した記事も、一種のパタフィジックだったわけだ。
もしくは、ニセ科学やインチキ宗教が素人を騙そうとして使う理屈も、パタフィジックと言えるかもしれない。
ウィキペディアの同ページの「美術の中のパタフィジック」という項目には、以下のようなことも書かれている。

>1960年には、ファインアートの様々な形式、とくにポップアート、大衆文化の中で、パタフィジックがコンセプチュアル原理として使われるようになった。パタフィジックの伝統を受けた作品はその創造の過程に焦点をあてる傾向があり、偶然と気まぐれな選択の要素がしばしばその過程の鍵となった。マルセル・デュシャンやジョン・ケージの代表作がその例である。シチュアシオニスト・インターナショナル(Situationist International)の創立メンバーでパタフィジシャンのAsger Jorn(1914年 - 1973年)は、パタフィジックを新宗教と言及した。漫画家のルーブ・ゴールドバーグ(1888年 - 1970年)とW・ヘス・ロビンソン(W. Heath Robinson, 1872年 - 1944年)はパタフィジカルなマシンを考案した(ルーブ・ゴールドバーグ・マシン参照)。

さすが、ちゃんとデュシャンにも言及している。
しかし気になるのは、最後にふれている「ルーブ・ゴールドバーグ・マシン」である。
そこでリンク先を参照すると、以下のように書いてある。

>ルーブ・ゴールドバーグ・マシン (Rube Goldberg machines) は、アメリカ合衆国の漫画家ルーブ・ゴールドバーグ(en:Rube_Goldberg)が発案した表現手法。
普通にすれば簡単にできることを、手の込んだからくりを多数用い、それらが次々と連鎖していく事で表現。ルーブ・ゴールドバーグはその複雑さや面倒臭さ・無駄加減さに着目し、20世紀の機械化への道を走る世界を揶揄した。

具体的にどういうものかは、YouTubeで検索すると色々出てくるのだが、とりあえずこれを貼っておく。
「ルーブ・ゴールドバーグ・マシン」という呼び名があるのは知らなかったが、アニメやテレビ番組などでは昔からおなじみの表現手法である。

で、ふと思ったのが、哲学とはこの「ルーブ・ゴールドバーグ・マシン」のようなものではないだろうか?ということである。
もちろん、ちゃんとした学問のはずの哲学が、パタフィジックになっては意味が無い。
しかし、普通の人が簡単に思っていることを、ものすごく回りくどく考えるという点において、ルーブ・コールドバーグ・マシンに良く似ている。
例えば哲学者の中島義道さんは(さまざまな著書にたびたび書かれているが)、小学生のころから「人間はいつか死んでしまう」ということを実感し、「どうせ死んでしまうのに、生きて楽しい事があっても虚しい」ということに悩み、「生と死」について深く考察する「哲学」をされている。
ぼくのような普通の人間は「生きてるうちに死ぬことを心配したって、しょうがないじゃん!」とか「どうせ死ぬんなら、生きてる間に楽しめばいいじゃん!」みたいに、お気楽に考えている。
しかし中島義道さんに言わせると、そういう「愚鈍な考え」で停止していることは許し難いことなのだ。
だから頭脳をフル回転させて「生と死」について、深くそして精密に考えを巡らせる。
そして結局は、「どうせ死んでしまうのに、生きて楽しい事があっても虚しい」という振り出しと同じ結論にたどり着いてしまう。
つまり、ルーブ・ゴールドバーグ・マシンが「作業の迂回路」だとすれば、哲学とは言わば「思考の迂回路」なのだ。

また、哲学者の永井均さんは『ウィトゲンシュタイン入門』の前書きで、「哲学とは問いの空間である」というように書いている。
哲学とは、すでにある問いに答えを出し、問題を解決する行為ではない。
そうではなく、これまで誰も問題にしなかったことに対し、新たな「問いの空間」を創造する行為が哲学なのである。
そして、ある哲学に反論する者は、実はその哲学の「問いの空間」に絡め取られている。
だから新たな哲学とは、他の哲学とは相容れない、まったく独創的な「問いの空間」として構築される。
このように提示された「問いの空間」に絡め取られることが無い人は、その哲学とは無縁なのだ。
哲学がそのような「問いの空間」であるならば、それはある意味ルーブ・ゴールドバーグ・マシンにとてもよく似ていると思う。
哲学的な「問いの空間」に絡め取られている人とは、ルーブ・ゴールドバーグ・マシンの動きを食い入るように見入ったり、「ここで玉が止まってるよ!」などと突っ込みを入れたりする人と、どうも似ているのだ。

ルーブ・ゴールドバーグ・マシンは装置の精密さ、規模の大きさ、発想の大胆さ、そして「どんなくだらない目的を実行させるか」というオチを競うものである。
そして、このことは哲学にもそのまま当てはまるような気がする。
哲学は理性による精密な思考を旨としながら、時には大胆な思考の飛躍も必要とされる、また大規模な思考体系を構築した人は「偉大な哲学者」と呼ばれたりする。
そして、人々が「くだらない」と思って見過ごしている事柄の中に、新たな「問いの空間」を創造するのが哲学なのである。

以上色々考えてみたけど、ルーブ・ゴールドバーグ・マシンが哲学と似ている、というのはまぁ当たり前かもしれない。
ルーブ・ゴールドバーグ・マシンはもともと、簡単なことを難しく考える行為全般に対するパロディになっているからだ。
そもそも、人間の「考える」という行為自体が、ルーブ・ゴールドバーグ・マシン的な「迂回路」だと言える。
普通にやれば簡単に出来ることに対し「思考」という「迂回路」を経由させるのは人間だけで、それ以外の動物の行為は全て「直接的」である。
そのように抽象的な概念を視覚化して表現したものが、ルーブ・ゴールドバーグ・マシンであり、ぼくのように「何事も見ないと理解できない」人間には、とてもありがたいマシンなのである。

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2008年11月16日 (日)

「同じ」と「似てる」の違いとは

中沢新一さんの『古代から来た未来人 折口信夫』という本を読んだ。
この本は書店で見かけて「いつか買おう」と思っていたものの、いつも「また今度にしよう」と後回しにしていたのだが、つい先日、ふと気付くと自宅の本棚に並んでいたのでビックリしてしまった。
ぼくの周囲ではたびたびこのような不思議なことが起きるのだが、とりあえず同じ本を二冊買うことにならずに済んだようだ。

この本で示された折口信夫の「未来的ビジョン」」というのは、正直ぼくには今ひとつピンと来ないところもあったが、それでもいくつか「おっ」という感じで引っかかるところがあった。
そのひとつが「類化性能」という概念で、これは「別とされているものの中に、似ている要素を探し出す能力」という意味で、別な言い方をするとアナロジー(類似性)による思考方法である。
それに対して「別化性能」という概念があり、これは「似ているとされるものを、正しく分類する能力」であり、都会人はこの「別化性能」をとても良く発達させている。
ここで言う都会人とは、何も現代人に限らず、農業を始めた弥生時代から当てはまるのだそうだ。
そしてそれ以前の古代人は、長い間「類化性能」によって自分たちの世界を構築し、そのことによって繁栄していたというのだ。
さらに折口信夫自身は「別化性能」が非常に優れていることを自覚しており、その「類化性能」を駆使して失われた古代人の思想を解き明かし、それを人類の未来へと応用しようとしていたのである。
古代人の「類化性能」による思想は、文字や言葉としては残っておらず、それは能や地方の祭りなどの「芸能」の中などに痕跡となって含まれる。
折口信夫は日本中を駆け回りフィールドワークを重ね、そこで得られた断片的な情報を「類化性能」により繋ぎ合わせ、古代人の思想の復元を試みたのだ。

で、今回取り上げるのは折口信夫の思想ではなく、「類化性能」と「別化性能」という概念についてである。
まず、現代人になじみのある「別化性能」について説明すると、その代表が「科学」である。
科学は、人間の理性が見掛けの類似性に惑わされず、「真の違い」を見分けることにより発達した。
だから科学において「類化性能」は、本質的に邪魔なものである。
ニセ科学やエセ宗教は、「類化性能」でしかないものを巧みに「別化性能」であると偽って、人を騙すのだと言える。
しかしもしかすると、天才科学者のひらめきなどは「類化性能」であり、それが後に「別化性能」により検証され、そうしたときに科学は飛躍的進歩を遂げるのかもしれない。

これに対し、現代でもなお「類化性能」が生かされる分野が(広い意味での)アートである。
例えば肖像絵画は二次元平面で、モデルとなった人物は三次元立体だから、これらは「別化性能」で判断すると別物である。
しかし肖像画はそれを描いた人物と似ているから、「類化性能」によって絵としての価値が認められるのである。
絵画に限らず、アートが科学に捉われずに自由奔放なのは、それが「類化性能」の産物だからである。
しかし例えばヨーロッパ発祥の遠近法は、立体物とそれを描いた平面との対応の規則を明らかにする、「別化性能」による方法論だと言えるだろう。
これに限らず現代の「類化性能」としてのアートは、印刷、映像、デジタル技術などさまざまな「別化性能」に立脚している。

つまり、現代においても「類化性能」と「別化性能」は混在しているのであるが、社会全体としてみれば「別化性能」の利用が圧倒的なのである。
そういう観点で自己分析してみると、自分は他人よりも「類化性能」に偏っているかなと思う。
例えばぼくは非常に方向音痴で、地図を見て目的地に行くのが大の苦手なのだが、それはあらゆる「道」や「曲がり角」や「ランドマーク」をすべて「似たもの」として捉えてしまい、区別が付かなくて迷ってしまうのだと思う。
もしくは今歩いている道と、手にしている地図の関係を「別化性能」として対応的に把握できないのかもしれない。

ぼくがコンセプトに据えている「非人称芸術」は、まさに「類化性能」の産物である。
「非人称芸術」とは、芸術以外の事物の中から「芸術に似たもの」を探し当てる行為だ。
芸術家は自らの「類化性能」で作品を創造するが、しかし芸術作品とそれ以外の事物は「別化性能」により厳密に区別する。
しかしぼくは芸術作品とそれ以外を「類化性能」でひとまとめにし、そして「非人称芸術」を創造するのだ。
もちろん、ぼくも芸術作品とそうじゃないものの区別はできるが、そのように常識的な「別化性能」を意図的にオフにし、かわりに「類化性能」をオンにしながら街を歩くのだ。
いや、日ごろからそのオン・オフがちゃんとできないから、道に迷ったりするのだが・・・

このブログの文章については、一応理路整然とした内容を目指しているから、これは「別化性能」によるものだと言えるかも知れない。
しかし、本で読んだことの断片をつなぎ合わせる「ブリコラージュ」の技法自体は、「類化性能」によるものだと思う。
ぼくの理性的思考能力はそれほど高いものではないので、このブログの文章は「別化性能」に見せかけた「類化性能」の産物かもしれない。
少なくともぼくは自分の「別化性能」を、「類化性能」を発揮するための補助手段として捉えている。

反対に、ぼくの「類化性能」がとことん苦手な分野があり、それが「詩」の世界である。
言葉を「別化性能」で語れば理屈になるが、「類化性能」で語れば詩になる。
詩はあるものを、別の「似たもの」の例えによって表現する。
「路上ネイチャー協会」に掲載したぼくの写真に、夏海さんという方が俳句を添えて投稿してくれたのだが、こういうセンスは自分には無い。
せっかくなので、解説のために写真と共に引用させていただこうと思う。

Ce9e3d17a85a763493b5a6f4479c42dd
事破れ涙線もなし雀蜂
夏海

この詩を「別化性能」で判断すると、「スズメバチは別に何かに敗れて死んだわけではないし、死ぬことを残念だと思うような知性も持ち合わせていないだろうし、涙腺が無いのは当たり前である」ということでまったくのデタラメである。
しかしそんなふう西を批評するのはナンセンスだし、そもそも写真の状況を正確に説明してしまっては「俳句」にならない。
この夏歌さんの俳句は、写真から説明とは異なる言葉を「連想」したものであり、それが同時に写真以外の状況を「連想」させるから、表現として「うまい」のである。
そして、そのような俳句を作るのも理解するのも「類化性能」が無ければ不可能だ。

ぼくはこのような詩的な「類化性能」が皆無とは言わないまでも、あまり得意ではない。
誰にでもなじみやすい俳句ならともかく、ちょっと難しい漢詩や古代詩などは、字面を追う先から頭から離れてしまう。
ヨーロッパでは古来から、詩人は神の言葉を直接伝える者とされ、だから詩は「高級なもの」とされていた。
それに対して絵画や彫刻は人間の手仕事から生まれる「低級なもの」と蔑まされていた。
そうした絵画や彫刻などの「造形芸術」が詩と肩を並べて評価されるようになったのは、ルネッサンス以降である。
ぼくは、古い詩的な「類化性能」が弱くて、新しい造形芸術的な「類化性能」に強いと言えるかもしれない。
詩と同じように、「類化性能」によって生み出される言葉に「神話」がある。
ぼくは詩は分からなくても、荒唐無稽な神話は大好きなので、両者にどんな違いがあるのか今ひとつ分からない。
少なくとも「神話」はブリコラージュの手法で作られているそうなので、ぼくも似たような手法で文を書いているのかもしれない。

しかし実のところ、ぼくには「類化性能」と「別化性能」の本当の区別が良く分からない。
高田明典さんの本に書いてあったのだが、数学には「みにくいアヒルの子定理」というのがある。
みにくいアヒルの子は、実は白鳥だったので、アヒルとは別物であり、だからこの物語は「別化性能」を子供に教えているのだと言える。
しかし、例えば「アヒル」と「白鳥」と「ミサイル」を比較した場合を考えてみよう。
そう比較を面白がるのが「類化性能」の判断だが(笑)、ここは冷静に「別化性能」に徹することにする。
すると、厳密に数学的に判断するならば、「アヒル」と「白鳥」の共通点と相違点は「無限に」列挙することができる。
同じように「白鳥」と「ミサイル」の共通点と相違点も「無限に」列挙できる。
つまり「アヒル」と「白鳥」と「ミサイル」は、厳密な数学的には「似ている」とも「違う」とも判断できないのだ。

では、数学的に厳密ではない判断とは何かといえば、人間の主観である。
「アヒル」と「白鳥」と「ミサイル」を違うものや似たものに区別しているのは、単に人間の「主観」でしかないことを「みにくいアヒルの子定理」は示している。
人間の主観による判断とは、人間にとって「意味がある」と判断することである。
「アヒル」と「白鳥」を同じ「鳥」に分類することは、人間にとって「それを狩って食物にする」というような意味に繋がる。
このように、人間にとっての意味と強く結び付いた分類が「別化性能」なのである。

それに対し、「白鳥」を「ミサイル」と同じ分類にすることは、間違いという以前に意味が無いのである。
「白鳥」と「ミサイル」を同じ「武器」に分類して、自衛隊の基地に配備することはまったく無意味である。
いや、「白鳥」と「ミサイル」を自衛隊基地に配備するのは、意味が無いゆえに面白いから、これは「芸術」である。
何にも役に立たない物事は、実のところ、唯一「芸術」の役に立つのである。
ミサイルと共に配備された白鳥は「類化性能」によって芸術として判断されるが、それは「芸術の役に立つ」という観点では「別化性能」でもある。
このように突き詰めて考えると、「類化性能」と「別化性能」の区別は非常に曖昧となる。

以上の混乱を自分なりに整理してみると、まずあらゆる分類は「類化性能」が基本にあり、分類とはまず「類化性能」により始まる、と言えるだろうと思う。
「科学的知識」は人類に遺伝的にインプットされているわけではないから、原始の人間はとにかく目の前にあらゆる事物を、当てずっぽうで分類し、そこから意味のあるなしを判断するしかない。
その当てずっぽうな分類が徐々に意味をなし、ある程度体系化すると「同じもの」と「似てるけど違うもの」という対立概念が生まれ、その判断を重要視する思考法が「別化性能」となるのである。
反対に、体系化した分類を絶対視せず、分類体系を何度も壊し、何度でも新しく分類し直すことを厭わない思考法を「類化性能」と呼ぶのかもしれない。
だから科学は理路整然と精緻化することで進歩し、芸術はセオリーを壊すことで飛躍するのだ。

そして「非人称芸術」とは、芸術に使用される「類化性能」という思考法を、芸術以外の判断に応用するための手法なのである。
さらにぼくがまだ考え中の「鑑賞主義」は、さらに多方面の分野に渡って「類化性能」の判断を取り入れるための手法になるはずである。
まぁ、それは単にぼくの妄言かもしれないけど、ちゃんと書いて発表すれば誰かが判断してくれるだろう(笑)

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2008年11月15日 (土)

ストリートビューと写真の関係について

S081114

ストリートビューの仕組み(想像)

コメント欄でリクエストがあったので、ストリートビューについて書いてみる。
まず、ぼくが見て想像したところの技術的な仕組みを説明してみよう。
上の写真は、ぼくがツギラマで撮った360度のパノラマ写真で、ストリートビューのこの場所とほぼ同じである。ストリートビューは、このような360度のパノラマ写真を基本とする。
ただしツギラマのように何カットも撮影した写真をつなげるのではなく、恐らくこのようなレンズ&ミラーを使いワンショットで撮影しているものと思われる。
そのようなパノラマカメラを自動車の屋根に載せ、道路を走りながら次々と撮影してゆく。
Srimg0277

そしてこの図のように、いくつものパノラマ写真の輪を、googleマップに対応する道路上に並べたものが、ストリートビューとなる。
ストリートビューを見るものは、パノラマ写真の輪をくぐり抜けながら道路を進み、時に停止してパノラマ写真の輪の中を見渡すのである。

ストリートビューは定義上フォトモとは異なる技法だが、「ツギラマの発展形」と言う点では共通している。
このような表現を現実に行うのは大規模になりすぎて不可能だが、コンピューター内の仮想空間だからこそ実現できたわけである。
しかも個人の作家ではなく、googleという企業が行っている作業なので、まさに世界規模での展開が可能なのである。

ストリートビューは写真に死を宣告する?

ぼくはストリ-トビューなるものを最初に見た途端「恐ろしいものができた」と直感してしまった。
これは自分にとって、結構ショッキングな出来事である。
恐ろしい、とは「ストリートビューは、表現としての写真に死を宣告するだろう」ということである。
つまりこれからの時代、個人で撮影した写真は全て、ストリートビューの一部を切り取った写真と同一になってしまうだろう。
まぁ「全て」は言い過ぎかもしれないが、少なくとも今流行の路上スナップ写真は、ストリートビューの一部とそれほどの違いが無くなる。
路上で何気なく撮ったスナップ写真は、すでにストリートビューとして存在する写真と同一であり、そのような写真はもはや「固有の表現」とは言えない。
ストリートビューが存在する時代に、自己表現として、写真作品として、写真家として、路上スナップを撮ることは意味が無く、虚しく、滑稽である。
もちろん、ストリートビューを同じ場所を撮ったスナップ写真は、ストリートビューと完全に同一ではありえない。
視点の位置や角度、、レンズの画角、撮影の時間帯や時期、色調や画質のクオリティ、など多くの点で異なる「固有の写真」になるはずだ。
しかしそれらは大局的に見れば瑣末な違いでしかない。
重要なのは、ストリートビューはある意味「完全写真」であり、あらゆる路上スナップ写真はその一部を切り取ったものに過ぎない、という「構造」である。
この「構造」を持つストリートビューが、このままさらに精緻化、多視点化してゆけば、表現としての路上スナップ写真は、相対的にますます無意味化してゆくものと思われる。

誰かに宣告されたくらいで、実際の写真が死ぬことは無い

岡田斗史夫さんは『オタクはすでに死んでいる』という本で「オタクの死」を宣告したが、だからと言って実際にオタク的なものが衰退してきたかと言うと、全然そういう感じはしない。
ぼくの主な情報源はネット上の限られたページに過ぎないのだが、そのぼくから見ると、オタク的なものは衰退どころかますます勢いを増しているように思えてしまう。
岡田さん自身も書いているが、「オタク」という言葉の定義は人によって違うし、何を語るかの文脈によっても異なる。
だから岡田さん言う「オタクの死」は岡田さん自身の文脈上でのことであり、その文脈を採用しないオタクたちにとって、その言葉はまったく無意味なのだ。
ありていに言うと、今現在のオタク的なものに熱中している人たちにとって、誰かが「オタクはすでに死んでいる」と言ったところで、実際に目の前にあるリアルなオタク文化が死んでしまったりはしないのだ。

同じように、「ストリートビューは写真に死を宣告する」というのは、あくまでぼくの文脈上でのことでしかない。
だからストリートビューについて別の文脈で捉え方する人にとって、「路上スナップ写真」はまだまだ健在であり、ぼくに言われたくらいで簡単に死んだりはしないのである。
そして恐らく、そう思う人が大半だろうと思われる。
ストリートビューの登場くらいで「写真が死んだ」と簡単に思えてしまうようなぼくは、たぶん写真がそれほど好きではないのだと思う。
それに対し、ストリートビューを見て「ただ面白い」と感じ、自分の写真表現とは無関係だと思える人は、その人の中で「写真」の占める位置がそれだけ大きく、相対的にストリートビューの存在感も小さく捉えられるのかもしれない。
そう思える人は、本当に写真好きだといえるのだと思う。
ぼくは写真自体はそれほど好きではないので、写真よりもその「構造」が気になってしまう。
だからストリートビューと写真の関係も、その「構造」において比較してしまうのだ。

死を宣告されたのはツギラマやフォトモ?

ぼくの感覚では、ストリートビューの登場によって、「ツギラマ」の手法はかなり無意味化されたように思う。
実際、この記事のはじめに掲載したツギラマは、ストリートビューの360度ツギラマとほぼ同一であり、「作品」としては虚しいものだろうと思う。
そしてこの「虚しさ」は、どこでどのようにツギラマを撮ろうとも「構造」という観点からは同一だろうと思う。

さらにまだ実現していない想像上の技術でしかないが、ストリートビューとグーグル・アースの画像データを合成した「フォトモ」を、仮想空間の地図上に立体的に配置することもできるだろうと思う。
地図上の建物の形状を、航空写真と道路上からのパノラマ写真から立体解析し、そこに画像データを貼り付ければ、原理的に世界中の都市が全てフォトモ化されることになる。
そうなったら、ぼくが個人で製作するフォトモは、ほぼ意味の無いものとなるだろう。
仮想空間の地図にフォトモを敷き詰める技術は、実現していないどころか、開発のアナウンスもされていない。
しかしそれは単に時間の問題で、近い将来実現されてしまうような気がする。
早い話意、ストリートビューによって死を宣告されたのは、何よりもまず「自分自身の写真」なのである。

非人称的なテクノロジーの発達からの逃走


写真という表現は、カメラというテクノロジーの恩恵を受けている。
しかし、新しいテクノロジーは、それまでの写真表現に「死」をもたらすものでもある。
カメラが未発達で写真を撮ること自体が難しかった時代、写真家は独自の工夫し技術を高めながら撮影しなければならなかった。
そして、そのような写真家の工夫や技術そのものが、その写真家の「固有の表現」になり得た。
しかしカメラ技術は「誰でも簡単きれいに撮れる」を目指して進歩した。
つまり、カメラ技術の発展は、その度に写真表現の「固有性」に死をもたらしたのである。
もちろん、新しいカメラ技術のその上に、さらに作家固有の表現方法を構築することは可能だし、実際に写真家達はそうしてきたのだと思う。

しかしカメラがデジタル化され、パソコンやネットなどと結び付くようになると、総体としてのテクノロジーの量は膨大なものとなり、写真家の「固有の表現」もその中に飲み込まれるようになってしまった。
例えば、デジカメで撮った写真を独自に色調調整して「固有の表現」を実現したとしても、その写真の固有性は「画像処理ソフト」のテクノロージーの予定調和の範囲内の出来事でしかない。
フォトモもツギラマも手作業でしか実現できないうちは「固有の表現」として成立するが、それがデジタルテクノロジーとして自動化してしまえば、全てはその予定調和の中に飲み込まれてしまう。

テクノロジーの発達は、個人の意思を超えた非人称的なものだとぼくは捉えている。
テクノロジーの発達は人々の願いの具現化ではあるけれど、誰もが同じ願いを望んでいるわけではないし、さらには時として誰も望んでいない方向へテクノロジーは発達することもある。
そして先にも書いたように、非人称としてのテクノロジーの発達は、一人称的な作者の固有性に「死」をもたらす性質がある。
だから写真家としてのぼくは、常にカメラテクノロジーの発達から「逃げる」という戦術を採用してきた。
言ってみれば、カメラが簡単便利になったからこそ、ぼくはツギラマやフォトモといった「手の掛かる写真技法」を採用し、非人称的なテクノロジーの発達から逃げたのだ。
しかしそのツギラマやフォトモの固有性も、デジタルテクノロジーの発達に飲み込まれようとしている。
ぼくはその状況からさらに逃走するために、まぁ何と言うか、こういうブログを書くようになったのかもしれない。

デュシャンの予言

最後に『マルセル・デュシャン全著作』から、以下の文を引用する。
ぼくはこの本をまだ全部読み終えていないので、これがどんな意味なのかはちゃんと把握していない。
もしかしたらデュシャンのことだから、ちゃんとした意味を示していないかもしれない。
それを踏まえて勝手に解釈すると、これは写真とデジタルテクノロジーの関係を予言したものとして、読むことができるかもしれない。
まぁ、これをどう思うかは人それぞれだろうが、デュシャンの言葉はいろいろなことを想像させるところが、また面白いのである。

写真

親愛なるスティーグリッツ
たとえ数語でも書きたい気が起こりません。
あなたは、私が写真についてどのように感じているか的確にご存知のはずです。
私は、写真が人々に絵画を軽蔑させ、ついには何か他のことが写真を堪えられないほどのものにしてしまうよう願っています。
と言うところですが。
愛情をこめて。

マルセル・デュシャン
ニューヨーク 1922年5月22日

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2008年11月14日 (金)

芸術とイズム

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イズムのあるモダニズム芸術

アートと美学』という本に、かつての芸術にはイズム(主義)があったけど、現在のアートと呼ばれるものにはそれがない、と言うようなことが書いてあった。
美学的な立場では、芸術とアートを区別するらしいのだが、実のところぼくには良く分からない。
しかし、今のアートと昔の芸術とでは、主義のあるなしに違いがあることは納得できる。

かつての芸術、と言うのは例えば印象派である。
印象派には、アカデミズム芸術=古い芸術という明確な「敵」が存在していた。
その明確な敵に対し、印象派の画家たちは「印象主義」と言うイズムを主張したのだ。
印象主義以降のフォービズム、キュビズム、ダダイズム、などもそれぞれのイズムを主張することで、敵としての「古い芸術」を否定していた。
芸術に限らず、新しいものを良しとして、古いものを敵とみなして否定する主義を「モダニズム」という。
だからそれぞれのイズムを掲げていた芸術は、一まとめに「モダニズム芸術」に分類される。

モダニズム芸術は、アカデミズム=古い芸術に敢然と戦いを挑み、結果として勝利を収める。
アカデミズム的な古い芸術は、消滅したわけではないが「唯一正しい芸術」という地位を失ってしまった。
そのようにして勝利したモダニズム芸術は、その結果として「敵」を失うことになる。
しかし、「新しい芸術」は時が経つにつれ「古い芸術」となり、更なる新しい芸術の「敵」となり否定される運命にある。
そのように芸術は常に新しいものとして進化する、と言うのがモダニズムとしての芸術のありかたである。

ポストモダンアートにはイズムがない

ところが、「古くなったモダニズム芸術」は、その後に登場した「さらに新しい芸術」に対し、かつてのアカデミズムのような「強大な敵」とはならなかった。
なぜなら、かつてのアカデミズムはモダニズム芸術を「断固否定」していたのに対し、モダニズム芸術は「新らし物好きで、何でもあり」だから、それ以降の「さらに新しい芸術」に対して寛容なのである。
だから「さらに新しい芸術」は「古いモダニズム芸術」にそれほど強くは反発できない。
厳格な親に対して反発したくなる子供も、寛容な親に対してはその動機がないのだ。

それと、モダニズム芸術の価値が世間に認知されて以降、「新しい」と言うことの意味内容が微妙に変化してしまった。
かつてのアカデミズム芸術は、ルネッサンス以来の伝統を重んじるあまり表現が画一化されており、だからそれに対するモダニズム芸術は「進歩している」と主張できた。
しかし、はじめから伝統を軽視するモダニズム芸術に対し、さらに後の時代に続く芸術は「進歩している」とは主張しにくい。
つまり、モダニズムに続く世代の芸術の「新しさ」は、必ずしも「進歩」の概念とは結びつかなくなってしまった。
モダニズム以降の芸術の新しさは、「進歩」という直線方向ではなく、「多様性」という広がりとして展開するのである。
つまり芸術は進歩=モダニズムの概念とは必ずしも結びつかなくなり、その時代の芸術を「ポストモダン芸術」と呼ぶのである。
ポストモダン芸術は、かつてのモダニズム芸術のような「敵」が存在せず、また「進歩」の志向性もないため、明確なイズムを主張する動機も持たない。
だからポストモダン芸術は「ポストモダニズム」という主義を持つわけではなく、「ポストモダン」という時代における芸術の「状況」を示した言葉なのだ。

そして日本において、明確なイズムを持たないポストモダン芸術に対し、「芸術」という漢字を当てはめるのはイメージが重過ぎるとして、それで慣習的に「アート」というカタカナを当てているのではないかと思う。
ポストモダン芸術も、「ポストモダンアート」と表記されるほうが普通だろう。
もちろん英語では「芸術」も「アート」も同じ「art」だから、日本語の区別も厳密なものではない。
しかしセザンヌやゴッホやピカソは「芸術」で、奈良美智や村上隆は「アート」だ、と言う気はなんとなくする。

ポストモダン時代のモダニズム芸術

モダニズム芸術がポストモダン・アートへと移行したのは、一体どの年代からか?これをハッキリ示すことは難しいだろう。
なぜならこの移行は漸進的に起きたはずだし、そもそも時代区分は解釈によって異なるのだ。
例えば、高田明典さんは『ポストモダン再入門』で、アカデミズム絵画をモダニズムに、印象派絵画をポストモダンに分類していた。
しかしその解釈が唯一の「正解」ではなく、解釈は対象物をどう捉えるかという「文脈」によって異なる。
解釈にとって重要なのは「文脈の中での整合性」であり、だから異なる文脈上の解釈を比較して「どれが正しいか」を一概に決めることに意味がない。
そんなわけでぼくの文脈上の解釈では、とりあえず日本においては、モダニズム芸術が盛り上がりを見せた最後が1960年代初頭の『読売アンデパンダン展』あたりと思われるので、それ以降から現代に至るまで徐々にポストモダンアートに移行したのではないかと捉えている。

そのようなポストモダンアートの時代において、突然「イズム」を掲げたモダニズム芸術が登場した。
それが赤瀬川原平さんによる「超芸術・トマソン」である。
「超芸術・トマソン」はポストモダンアートの時代に、唯一「イズム」を掲げたモダニズム芸術であると、ぼくは解釈している。
「超芸術・トマソン」はその概念の構造上、「超」が付かない普通の芸術を「古い芸術」として否定する。
簡単に言えば、「超芸術・トマソン」には「作者が存在しない」から新しいのであり、それ以外の芸術には「作者が存在する」から古いのである。
「芸術の創造には作者の存在が不可欠である」という概念は、それこそルネッサンス時代からモダニズム芸術を経由し、現在のポストモダンアートにまで引き継がれている。
そのような伝統的な芸術のありかたを、「超芸術・トマソン」は「古い芸術」として否定してしまったのだ。

ところで、かつてのアカデミズムは、「新しい芸術」を主張する印象派の絵画を、「あんなものは芸術ではない」として否定した。
芸術とは正確で緻密な描写で描くものであり、不正確で雑な描写の印象派絵画は芸術ではあり得ない、としたのである。
そしてまさに現代でも同じように、「新しい芸術」を主張する「超芸術・トマソン」は、それ以外の芸術関係者から「あんなものは芸術ではない」として否定されている。
芸術とは芸術家という作者の創造物を指すのであり、だから「作者のいない芸術」は言葉の定義上あり得ない、としたのである。
もっとも赤瀬川さん本人は、かつてのモダニズム芸術のように強硬に自己のイズムを主張したわけではなく、半ば冗談めかして「超芸術・トマソン」のコンセプトを語り、静かに活動したのみである。
だから現在のアート関係者の間では、「あれは赤瀬川さん流の冗談なんだよ」というような解釈で落ち着いているようである。
もしくは赤瀬川さんは小説家でもあるので、「超芸術・トマソン」は一種のパタフィジックな理論だと解釈されているのかもしれない。

時代錯誤の芸術観

赤瀬川原平さんは「超芸術・トマソン」について、冗談とも本気とも取れる発言を繰り返しているので、本当にそのどちらなのかは分からない。
しかしぼくは、どういうわけか「本気」として捉えてしまった。
そして、その概念を継承発展させた「非人称芸術」というコンセプトを構築することになった。
「非人称芸術」は、「超芸術・トマソン」の「作者が存在しない芸術」という概念を、別の言葉に置き換えたものだ。
ぼくは「作者が存在しない芸術」の可能性を広げようと試行錯誤した結果、「非人称芸術」という概念に辿り着いたのである。

そしてぼくは赤瀬川さんの場合とは異なり、本気で「非人称芸術」を主張しようとした。
そして作者が存在する芸術=人称芸術を「古い芸術」と捉え、また「非人称芸術」の存在を認めない「敵」とみなしたのである。
これらの点において、「非人称芸術」はかつてのモダニズム芸術の条件を満たしていた。
その条件は「超芸術・トマソン」から引き継いだものであったが、ともかく「非人称芸術」はポストモダンと呼ばれる時代区分の中での「モダニズム芸術」になり得たのである(もちろん、ぼくの主観的な文脈の中で)。

イズム無きアートの時代において、ただひとり「「イズム」を掲げてそれ以外のアートを否定しまくる・・・これは客観的に見れば、単にはた迷惑な勘違い人間である。
もしくは赤瀬川さんの冗談を真に受けた馬鹿である。
だからぼくは、他人から「せっかくフォトモが面白いんだから、余計なこと言わなければいいのに・・・」とあしらわれるだけならまだ良くて、面と向かって相手を否定した挙句、険悪なムードになってしまうことも多々あった。
時代がモダニズムならともかく、ポストモダンの時代にモダニズムを主張したのでは、コミュニケーションに齟齬をきたすだけである。
簡単に言えば時代錯誤だ。
モダニズムの時代は論争の「勝ち・負け」の概念があったが、その概念の無い時代に勝負を挑む者はただ負けるのみである。

ポストモダン状況に適応するためのポストモダニズム

そこでぼくはこの現状をどうにかするため、とりあえず「ポストモダンとは何ぞや?」を改めて学ぶことにした。
自分が生きる時代の中で、自分はどのような位置にいるのか、ということを確認しようとしたのである。
そして、いろいろ考えて自己分析した結果が、これまでの文章である。
それを踏まえてこの先を書いてゆくと、まず「非人称芸術」は確かに時代錯誤のモダニズム芸術ではあるが、それをさらに「多様なあり方をするポストモダンアートのひとつ」として位置付ける、というアイデアに行き着いた。

かつてのモダニズム芸術は、それぞれが「イズム」を主張し、お互いの「イズム」を否定しながら闘争を繰り返していた(その結果、さらに新しい芸術が生まれるとされていた)。
しかしポストモダンアートは、「新しい・古い」の対立軸の無い、ただ多様なアートのあり方の集合として存在する。
「イズム」を主張しないポストモダンアートには闘争もなく、お互いの固有なアートのあり方に寛容であり、それによって多様性を実現している。
多様で寛容なポストモダン芸術は、「イズムのある非人称芸術」という特殊なあり方自体を受け入れてくれるはずだし、その代わり「非人称芸術」もその他の固有なアートのあり方に寛容になればいいのである。

「イズム」がありながら他のアートのあり方に寛容になる、と言うのはこれまでの文脈上は矛盾しているように思える。
しかしポストモダン時代にも「ポストモダニズム」というイズムが存在する。
現代思想としてのモダニズムは、人間が知恵を出し合って考えれば、間違った「イズム」は淘汰され、やがて人類は「唯一の正しいイズム」に到達し全員が幸福になれるだろう、という世界観である。
しかしポストモダニズムでは、それぞれに異なるイズムを一元的な「正しい・間違い」で判断せず、多様なイズムのあり方の「共存」を目指す。
だから「非人称芸術」のイズムも、他の芸術を否定するイズムではなく、多様な価値観の共存を実現するためのポストモダニズムへと再解釈しながら発展させればよい。

ポストモダン状況と言われる現代のアーティストは、取り立てて自分で意識しなくとも、ポストモダンアートのひとつとして身を置くことになるだろう。
しかし「非人称芸術」は時代錯誤のモダニズム芸術だから、現代のポストモダン状況に適応するには、意識的に「ポストモダニズム」を構築する必要がある。
以上が、今のところの自己分析の結果である。

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2008年11月12日 (水)

芸術とは「認識の境界面」である

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ぼくにとっての「芸術とは何か?」は、岡本太郎の著書『今日(こんにち)の芸術』の影響が大である。
『今日の芸術』は、近代ヨーロッパが発祥の「モダニズム芸術」の真髄を日本人にも分かりやすくまとめた本であり、それで芸術家を目指す日本人に広く読まれたのではないかと思う。
この本は一時代前のモダニズムの文脈で書かれてるから「絶対に正しい芸術観」をズバリ示し、「間違った芸術観」をバッサリ切り捨てており、まことに爽快である。
しかしポストモダン時代を迎えた「今日の芸術」においては「絶対に正しい芸術観」などナンセンスだ。
だから岡本太郎が示した芸術観は「岡本太郎にとっての芸術観に過ぎない」と捉えるのが順当だろう。
そして、できることなら各自が「自分にとっての正しい芸術観」を構築するための参考にすればいいだろうと思う。

と言うわけで、ぼくは岡本太郎の影響を受けながら、もちろんその他もろもろの影響も受けながら、自分自身にとっての「芸術とはなにか?」を構築してきた。
岡本太郎は『今日の芸術』の中で「芸術は新しくなければならない」「芸術はきれいであってはならない」「芸術はうまくあってはならない」「芸術は心地よくあってはならない」などと定義している。
これらをぼくなりに翻訳して一言でまとめると、「芸術は認識の境界面である」ということになる。
この定義が成立するには、「われわれ人間が認識しているものが世界の全てではなく、人間の認識は制限されている」と捉えることが前提となる。
ありていに言えば、人間は視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、の五感により世界を認識するが、逆に言えば人間の認識世界は五感の範囲内に限定されているのである。
そして、自分の認識世界は、さらに広大な「認識外の世界」にポッカリ浮かんでいる・・・そのようにぼくは何となく捉えている。
これはよく言えば形而上学、下手をすると超科学や宗教のような世界観だが、芸術はそのような世界に接していると考えている。

そのように大げさに考えなくても「新しい芸術」とは、まさに認識したての芸術のことであり「認識の境界面」と言い換えることができる。
例えばモネの「印象・日の出」は人々の目の前に「認識の境界面」として立ち現れたからこそ、物議をかもし出すことになったのだ。
モネをはじめとする印象派の画家たちの絵画は、それが発表された当時のジャーナリズムに「汚い」「下手糞」「気持ち悪い」と言うように酷評された。
しかしその反対に印象派の画家たちからすれば、当時主流のアカデミズムが示す「きれい」「巧い」「心地よい」とされる絵画は、ことごとく「古く」感じられた。
「古い」と感じられるものは「認識の範囲内」のものであり、そのような作品は「芸術ではない」と印象派の画家たちは判断したのである。
逆に自分たち印象派の絵画が「汚い」「下手糞」「気持ち悪い」と感じられるのは、それが「認識の範囲内」では計れない価値観に依拠しているのであり、だからそれは「新しい=芸術」なのだ。

新しい芸術は「認識の範囲内」には属さないが、認識の範囲外は文字通り人間には認識できないので、だから芸術は「認識の境界面」として目の前に現れるのである(もちろんこれは「事実」を言い当てたのではなく、「行動プログラム」を示したまでである)。
ゴッホの絵は時代区分ではポスト印象派(印象派以降)に属するが、当時の印象派の画家たちの間でも、ゴッホの絵は認められなかった。
つまりその当時のゴッホの絵は、人々の「認識外の世界」に属していたと同時に、人々の認識世界の範囲内に「下らないもの」として属していたと言える。
それが時代を経ると共に、だんだんと人々の「認識の境界面」にゴッホの絵が立ち現れるようになり、やがて「新しい=芸術」として認められるようになったわけだ。

しかし印象派の絵もゴッホの絵も、時代を経ると共にその新鮮味が失われてゆく。
一度「新しい芸術」として認められた作品は、徐々に「既知の芸術」へと登録変更されてゆく。
「認識の境界面」として現れたものは、一度認識されると徐々に「認識の範囲内」に取り込まれてゆく。
そうなると、その作品はもはや新しくもなく、芸術でもなくなってしまう。
そして、その時代に現れた「認識の境界面」が、その時代にとっての「新しい=芸術」となるのだ。

と言うわけで、自分の芸術観を書くつもりが、その前段階の岡本太郎の芸術観をまとめただけで終わってしまった。
岡本太郎の芸術観は鋭いとは言え今の時代に照らすと単純すぎて、そのままでは使いにくいかも知れない。
だから「芸術は認識の境界面である」と言う定義もそのままの形ではなく、さまざまなバリエーションとなって現代に現れているように思う。

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2008年11月11日 (火)

「不動産レディ・メイド」と、「相互的レディ・メイド」としてのフォトモ

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*非人称芸術は「不動産レディ・メイド」である

ぼくは自分のコンセプトに据えている「非人称芸術」は、デュシャンのレディ・メイドの系譜にある(と、自分では捉えている)。
デュシャンのレディ・メイドと「非人称芸術」は、「芸術以外の既製品に、芸術的価値を当てはめ再解釈し鑑賞する」という点において共通している。
両者が異なる最も大きな点は、対照となる既製品のセレクトの仕方にある。
すなわち、デュシャンのレディ・メイドが対象となる既製品を「無作為」にセレクトするのに対し、「非人称芸術」は「非人称」という概念を基準に既製品をセレクトするのである。

それ以外に、最近あらためて気付いた相違点があり、それが「動産」と「不動産」の違いである。
西原理恵子の漫画に「やくざは女や高級外車などの動産を持ち土地などの不動産を持たない」と言うような記述があったが、芸術にも動産と不動産がある。
キャンバスに描かれた絵画は「動産」であり、壁画や屋外に設置された彫刻は「不動産」である。
この文脈に従うと、デュシャンのレディ・メイドがモチーフとする既製品-男性用便器、自転車の車輪、雪掻き用スコップ-などはいずれも動産である。
それに対し「非人称芸術」は、建物に付随したオブジェや、建物それ自体や、建物の並びなどの「不動産」をモチーフとしている。
つまり、「非人称芸術」は「不動産レディ・メイド」だと解釈できるのである。

*非人称芸術は「ギャラリーに展示されたものが芸術である」という制度を必要としない

「不動産レディ・メイド」としての「非人称芸術」は、デュシャンのレディ・メイドとは異なり、そのままの形態でギャラリー内に運び込み展示することは不可能だ。
だから「非人称芸術」をギャラリーで展示する場合は、「フォトモ」と言うメディアに変換する必要がある。
しかし実は「非人称芸術」にとって、それをフォトモに置き換えギャラリーに展示することは、本質的な意味ではあまり重要ではない。
デュシャンの場合、無作為に選ばれた既製品はギャラリーに展示されることではじめて「レディ・メイド」となる。
しかし「非人称芸術」の場合は、それを発見した人が「発見したその場」で鑑賞することが基本となる。
「非人称芸術」はギャラリーに展示されるまでもなく、「発見したその場」において成立しているのである。

ディシャンのレディ・メイドは、「ギャラリーに展示されたものが芸術である」という制度を利用することによって、「ギャラリーに展示されたものが芸術である」という制度そのものを無効化している。
だから逆説的だが、ディシャンのレディ・メイド自体は「ギャラリーに展示されたものが芸術である」という制度を必要とする。
しかしその思想を引き継いだ「非人称芸術」は、もはやその制度を必要としないのだ。

*シュールレアリズム絵画に描かれる背景と、「非人称芸術」が見出される場所

このことは、「非人称芸術」のもうひとつの源流であるシュールレアリズムとの関連を考えると、さらに明らかになる。
「非人称芸術」は、シュールレアリズムの影響を多大に受けている。
ぼくがデュシャンを知ったのは成人した後だったが、ダリやマグリットなどのシュールレアリズム絵画は、子供のころから大好きだった。
シュールレアリズムにもいろいろな解釈があり、それぞれの作家がいるが、ぼくは「日常的な空間に、非日常的なオブジェや状況が出現したような光景」を描いた絵画が大好きだ。
非日常的なオブジェや状況が、日常的空間の中に描かれているからこそ、その「非日常性」が際立つ。
「日常」とは人間の認識能力の範囲内の世界である。
認識の範囲外の世界そのものは、(言葉の定義上)人間には認識不可能だが、時としてそれは「認識世界の境界面」として認識世界に立ち現れることがある。
そのような体験をした時、人は妙な興奮を覚えるものだが、シュールレアリズム絵画はそのような「認識世界の境界面」を比喩的に表現したものだと解釈できる。
つまりその類のシュールレアリズム絵画にとって、非日常的オブジェや状況が、どんな場所に描かれているのか?が重要なのだ。
ダリやマグリットの絵は、そこに描かれた「へんなのも」を取り除いて背景だけにすると「普通の風景画」になるが、そのことが重要な意味を持つ。

「非人称芸術」は、常識と言う人間の「行動プログラム」を操作し、日常世界の中に「非日常的なオブジェや状況」を見出す行為だ。
「行動プログラムとしての常識」を、「行動プログラムとしての芸術」に重ね合わせて読み替えることで、シュールレアリズム絵画に描かれたような世界を、現実世界の中に見出すのである。
だから「非人称芸術」は、いつも日常世界を背景に見出される。
「非人称芸術」の非日常性は、日常世界を背景に鑑賞されることで際立つのだ。
だから「非人称芸術」をその場から切り離し、そのものだけをギャラリーに展示すると、「非人称芸術」そのものの意味が変わってしまう。
この意味でも「非人称芸術」は「不動産レディ・メイド」であり、それは「ギャラリーで展示されたものが芸術である」という制度を必要としないのだ。
そのかわり、ぼくは「日常的な空間に、非日常的なオブジェや状況が出現したような光景」というある種のシュールレアリズム絵画の「制度」を、「非人称芸術」のコンセプトに取り込んだと言える。

*フォトモは「非人称芸術」に対する「相互的レディメイド」である。

「非人称芸術」は、建物をはじめとする街のさまざまな実用品の「常識的な意味」を頭の中でスポイルし、無意味なオブジェへと転化させる。
無意味なオブジェとは、芸術以外の意味のないオブジェということであり、「芸術のための芸術」である。
「非人称芸術」とは、新たに構築された芸術の制度により想像された、「芸術のための芸術」なのである。
そのような「非人称芸術」にとってフォトモとは何であるのか?

フォトモは「非人称芸術」を展示可能な状態に置き換えた作品であり、それ自体は「非人称芸術」である。
つまり、本質的に実用的用途と無縁な「非人称芸術」に対し、フォトモには明確な用途のために存在する。
それは「非人称芸術」を表したイラストレーションとしての用途である。
フォトモには「非人称芸術」としてのオブジェや状況と、その背景となる日常世界の一部が、共に縮小され再現されている。
フォトモは用途のない「非人称芸術」を、用途のあるイラストレーションに転化したものである。
つまりフォトモは、「非人称芸術」に対する「相互的レディ・メイド」なのだ。
レンブラントの絵画をアイロン台として使うように、「非人称芸術」をフォトモとして使うのである。

実際、フォトモという作品がギャラリーに展示されると、それは実質上「非人称芸術」という概念から切り離されて鑑賞される。
作者の気持ちとしては、フォトモは「非人称芸術」という概念と結びつけて鑑賞すべきものだが、しかしそれを他人に強制するほどの力はフォトモにはない。
そして幸か不幸か、フォトモは「非人称芸術」という概念と結び付けなくても、人々に十分な楽しみを与えるようである。
さらにぼくはフォトモをギャラリーで展示するだけでなく、それを組み立て式のペーパークラフトにして、雑誌や作品集の形態で出版もしている。
フォトモを出版の形態で販売すると言うことは、その用途をギャラリーの展示からも開放し、広く人々の手にゆだねたことと同じである。
出版することでフォトモの「相互的レディ・メイド」としての実用性は、更なる広がりを持つことになったのだ。

*フォトモは「非人称芸術」以外の「芸術の制度」との媒体となる

「非人称芸術」をフォトモに転化し、それをギャラリーで展示したり、出版したりすることの意味はなんだろうか?
それはまずは「自分が楽しいから」と言うことに尽きるだろう。
「非人称芸術」は、手を動かさず理念だけで新たな芸術を創作する方法論であるが、しかし自分としては「手を動かして作品を作り、それを人々に発表したい」という欲望がある。
その欲望を、「非人称芸術」のコンセプトと両立させる方法論が、フォトモだということができる。
しかし、先にも書いたように「手を動かして作品を作り、それを人々に発表する」と言う行為自体は、「非人称芸術」のコンセプトとは本来的に何の関係もない。
ただ、本来的に無関係ではありながら、実際には両立できることから、やはり両者にはなんらかの必然的関係があるのかもしれない。

「非人称芸術」はそれ自体が新たに構築された「芸術の制度」である。
しかしそれ以外のさまざまな「芸術の制度」のあり方が、世の中には存在する。
デュシャンのレディ・メイドは、芸術のあらゆる制度-作者、ギャラリー、マーケット-などの存在を、ことごとく無化してしまった。
しかし現在においても、芸術作品を製作する作者も、芸術作品を展示するギャラリーも、芸術作品を売買するマーケットも現存している。
つまりさまざまなあり方をする現在の芸術は、それぞれが「デュシャンのレディ・メイド以前」とは異なる仕方で、独自に「芸術の制度」を構築しているものと想像される。

旧来のモダニズムの文脈では、「非人称芸術」はその他の「芸術の制度」と闘争しながら生き残るか、もしくは淘汰されなければならない。
しかしポストモダニズムの文脈では、「非人称芸術」はその他の「芸術の制度」と共存し共に繁栄する可能性を目指す。
そのために「非人称芸術」はその他の「芸術の制度」と交流するための媒体を必要とし、それが「相互的レディ・メイド」としてのフォトモなのかも知れない。
いや、もっと考えればいろいろ別なことも出てくるかもしれないが、今はそんなところである。

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2008年11月10日 (月)

相互的レディ・メイド

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マルセル・デュシャン全著作』をパラパラ読んでいたら、「相互的レディ・メイド」と言う概念が出てきた。

まずデュシャンの「レディ・メイド」だが、これは美術にちょっと詳しい人なら誰でも知ってるだろうけど、そうじゃない人に簡単に説明してみる。
例えば「男性用便器」とか「自転車の車輪」とか「雪掻きシャベル」などの既製品(レディ・メイド)をお店で買ってきて、それをそのまま「美術作品」としてギャラリーに展示する行為、それがデュシャンのレディ・メイドである。
ふつう、ギャラリーに展示してあるものと言えば「芸術作品」である。
しかしあらためて考えると、それは芸術として認められる作品だからギャラリーに展示してあるのか、大したことのない作品がギャラリーに展示してあることで芸術に見えてしまっているだけなのか、判然としないのである。
その曖昧なところを、デュシャンは「レディ・メイド」という行為によって、「芸術は制度の産物に過ぎない」と言うことをハッキリさせてしまったのである。
「レディ・メイド」にとって重要なのは、デュシャンは既製品を「自分の美的センスでセレクトしない」と言う点である。
まったくの無作為に選ばれた物品が、芸術家のセンスではなく「芸術の制度」によって芸術になり得る、そのことをデュシャンは示したのである。

そして、こうした「レディ・メイド」の意味を補うために導き出された概念が「相互的レディ・メイド」であり、デュシャンは以下のように書いている。

 「例えば、レンブラントの絵画をアイロン台として使う!というものだ。」

これはすごい・・・ぼくも自分なりにレディ・メイドについていろいろ考えたつもりでいたが、これは思いつかなかった・・・やっぱり本家は違う(笑)。
つまりレディ・メイドとは逆に、芸術作品を無理やり「実用品の制度」」に従わせたものが、「相互的レディ・メイド」である。
もちろん、デュシャンは本当にレンブラントの絵をアイロン台にしたわけではなく、「相互的レディ・メイド」は概念として想像されたのみである。
しかし天才の想像は後の世で実現するのが常である。
例えばラーメン屋の壁に、ルノアールの絵をあしらったカレンダーが貼ったりすることが、あれこそが「相互的レディ・メイド」ではないだろうか?と思うのである。
そういえば喫茶店チェーンの「ルノアール」の看板にも「ルノアールの絵画」が使われていたような気がする。
以前、金沢21世紀美術館で見た『ポーラ美術館コレクション展』の出口の売店では、ルノアールの絵のレターセットとか、ルノアールの絵の包み紙のチョコレートなども売っていた気がする。
いや、この辺の記憶は曖昧だが、注意して見ればミュージアムショップにはさまざまな「相互的レディ・メイド」が発見できるに違いない。

ルノアールをはじめとする印象派の絵画は、「芸術のための芸術」という理念の基に描かれている。
「芸術のため芸術」は近代ヨーロッパに新たに見出され、現代にまで通じる芸術の基本理念である。
近代以前の絵画や彫刻は「芸術のための芸術」ではない。
それらは、キリスト教の世界観を表現したり、王侯貴族の権威を示すために製作されたものであり、現代的な意味に置き換えると「イラストレーション」に相当するものだと言える。
しかしヨーロッパ社会が近代へと移行し、人々がキリスト教や王侯貴族の支配から解放されると共に、芸術もあらゆる呪縛から自由となった。
芸術にとっての「自由」とは、「芸術の可能性の追求」であり、それが「芸術のための芸術」なのだ。
「芸術のための芸術」には、芸術以外の用途があってはならない。
近代以降の現代に至る芸術の定義とは、まず「芸術以外の用途が無いもの」である。
ルノアールの絵画も何かのためではな、く「ただ芸術のために描かれた」作品であるからこそ「芸術」なのである。

その「ルノアールの絵画」をカレンダーのイラストに使うことは、「レンブラントの絵をアイロン台として使うこと」と全く一緒である。
「芸術のための芸術」とは、芸術の「意味」そのものだといって良い。
その芸術の「意味」を捨象しなければ、その作品をアイロン台はもとよりイラストレーションとしての使用もはばかられるだろう。
ありていに言えば、ルノアールを「芸術」として理解する者は、畏れ多くてそれをイラストにはとても使えないはずである。

近代は「芸術のための芸術」の幕開けでもあったが、同時に芸術の大衆化の幕開けでもあった。
近代ヨーロッパ以前の絵画や彫刻は、王侯貴族だけしか見ることができなかった。
しかし近代になると、それらの芸術作品は「美術館」と言う形式により一般公開され、誰でもいつでも見ることができるようになった。
芸術が大衆化したとは、芸術の価値判断が大衆の手にゆだねられたことと同じである。

芸術と言うのは文化であり、文化とは文脈である。
芸術が「芸術のための芸術」になったのには歴史的な文脈があり、その文脈の中で「ルノアールの絵画」の芸術性も成立している。
そのような文脈の把握なくしての芸術鑑賞はありえず、それが「文化資本」と言うものである。
しかし、芸術が大衆化するということは、文化資本を持たない人々に対しても,等しく芸術が公開されるようになった、と言うことである。

「大衆」という概念を、ぼくは「仕事で忙しい人たち」というように捉えている。
さらに大衆とは人々の「階級」ではなく「状態」だと考えている。
だからぼくはまぁ、階級的には大衆なのかもしれないけど、場合によっては大衆的に振舞ったり、大衆に反するようなナマイキな態度を取ったりもするわけだ)。

ともかく、現代人の多くは仕事で忙しいがゆえに、誰もが美術鑑賞に必要な文化資本を身に付けるとは限らない。
そして、忙しい仕事の合間の「気晴らし」として芸術などの文化に接する。
その際、「文化資本としての文脈」を抜きに、自分の経験の範囲内でその文化に接し、良し悪しを判断する。
つまり大衆社会において、あらゆる芸術は「芸術のための芸術」としての意味が捨象され、「気晴らし」という用途のための「相互的レディメイド」として捉えられる可能性を持つのだ。
われわれ大衆は、言ってみれば「忙しく仕事をし、気晴らしに文化を楽しむ」という「制度」の中を生きている。
そうした「大衆の制度」の中に「芸術」が組み込まれると、それは必然的に「相互的レデ・ィメイド」として解釈されることになる。
ぼく自身は造形芸術については多少詳しいけれど、音楽についてはほとんど知識がないので、音楽は気晴らしのための「相互的レディ・メイド」として聞いている、と言えるのかもしれない。

芸術作品の「真の価値」は、少なくとも「芸術のための芸術」という文脈を捉えていなければ、理解することも感じることもできないだろう。
ということはつまり、あらゆる制度から自由になったはずの芸術は、実は「芸術のための芸術」と言う制度に捉われている、と言うことを示している。
「芸術のための芸術」とは、「芸術のための芸術」という理念を表したイラストレーションだと見ることもできるのだ。

デュシャンの「レディ・メイド」と「相互的レディ・メイド」によって、芸術は「制度の産物」でしかないことが暴かれてしまった。
それ以来芸術は、大衆文化に対する正当性や優位性を主張することがしづらくなってしまった。
現在のポストモダンアートとサブカルチャーを取り巻く状況は、そのような「文脈」で形成されたのだ。

と、とりあえず理解したことをまとめておく。

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2008年11月 7日 (金)

非人称芸術とフォトモについて短い解説

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 「街」とは人の意図によって生じた世界である。しかしその中で、人々のさまざまな意図が交差しぶつかり合う結果、主体が特定できない「非人称」としての作用が生じる。街にひしめくさまざまな人工物は、人々の意図を反映した実用物でありながら、誰の意図をも超越した「非人称」によって造形された「オブジェ」としての側面を持つ。そのようにして見出された「オブジェ」は、「芸術ではないが芸術的」であり、このことから「非人称芸術 Impersonal Art」と名付けられた。 「非人称芸術」には一人称としての作者が存在せず、第三者としての「鑑賞者」によって創造される。現代では芸術は「制度」の産物であることが明らかであるが、「非人称芸術」は独自の「制度」として提示される。
  「非人称芸術」それ自体は、普通の意味での「私の作品」にはなり得ない。しかし、記録メディアである「フォトモ」に置き換えることで、コレクション可能となる。 写真(フォトグラフ)と模型(モデル)の概念を融合した「フォトモ」は、「非人称芸術」の記録写真であると同時に、その模型でもある。また「フォトモ」としてリアルにミニチュア化された街並みは、日常世界を「非人称芸術」として読み換える「制度」そのものの再現だとも言える。

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こんぴらアート2008のパンフレットのためのテキスト。
この際なので、あらためてコンセプトを短くまとめてみた。
今のところこれ以上短くするのは不可能(何かの要素を省略すれば可能だが)。
新たに「制度」と言う概念を導入してみた。

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2008年11月 6日 (木)

ブリコラージュによる、ポストモダニズムについての解説

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現代思想家の高田明典さんの『ポストモダン再入門』によると、「ポストモダン」と「ポストモダニズム」は異なる概念であるから、使い分ける必要がある、というように書いてある。
端的に言うと、ポストモダンは歴史的な時代区分を示し、ポストモダニズムはイズム=主義主張を表す。
同じようにモダンは時代区分であり、モダニズムは主義主張である。
モダンと言われる時代区分は、モダニズムと言われる主義主張が支配的だった時代区分を指している。
モダニズムと言う主義主張が、モダンと言われる時代区分を歴史の上に作ったと言って良いだろう。
これに対しポストモダンと言う時代区分は、モダニズムと言う主義主張が行き詰った、その後の漠然とした状況を言い当てただけである。
だからモダニズムに比するような、堅固な主義主張としてのポストモダニズムは存在しないのだ。
モダニズムの有効性が疑問視されたことで、時代区分もモダンからポストモダンへと移行した。
しかしモダニズムにとって変わるような、時代に即した有効な「ポストモダニズム」は、いまだ試行錯誤の段階にある。
それどころかモダニズムに比するような、巨大な一枚岩の思想としての「ポストモダニズム」は存在し得ない・・・そう考える専門家が大半のようである。
だから時代区分としてのポストモダンについては気軽に語れても、ポストモダニズムについては専門家でもおいそれとは語れないのである。
しかしぼくは現代思想の専門家ではなく、素人のブリコルール(ブリコラージュの使い手)でしかないから、自分が考えやすいように言葉の用法を整理したくなってしまう。

実は、ポストモダンに時代区分される現代においても「モダニズム」を主張する立場の人々もいる。
時代区分というのは所詮人間が「見た目」で決めるものだから、その人が「ポストモダンなんて始まっていない」と思えば、その人にとってはそうなのである。
現代においてモダニズムを主張する人は、思想としてのモダニズムが間違っていたのではなく、その用法が間違っていたのだ、と主張する。
つまり「時代はポストモダンになった」と言ってモダニズムを放り出してしまうのは時期尚早であり、モダニズムはきちんとした形で機能させれば必ずや人類に幸福をもたらすはずだ、と言う主張である。
現代におけるモダニズムの代表者はユルゲン・ハーバマスと言う人で『近代-未完のプロジェクト』と言う本でそれを記したらしい。
ぼくはもちろん『近代-未完のプロジェクト』を読んでない。
にもかかわらず、実のところぼく自身もつい最近まで、ポストモダンを認めずモダニズムを追求すべしという態度でいた。
簡単に言うと、「ポストモダンアートなるものは、モダンアートの可能性をあきらめた作品の成れの果てで、そんなものはアートとは言えない」と言う立場である。
もっと具体的に言うと、岡本太郎の『今日の芸術』で示された「芸術の理念」の実現をあきらめた作品が、一連のモダンアートであると捉えていた。
それでぼくは自分の「非人称芸術」のコンセプトを、モダニズムの文脈で捉えていた。

しかしそれは単に勉強不足の産物であって、ちょっと勉強するとポストモダンと言う概念の有効性がだんだん分かってきた。
ぼくがアートに目覚めた時代はまだモダニズムが支配的であったので、その気分のまま勉強を怠れば、結果として時代錯誤に陥ってしまう。
いや、実際のところ、ポストモダンを認めるか、認めないかはどちらの選択もアリだと思う。
どちらの文脈を選んでも、「非人称芸術」という概念の中心は変わらないのだ。
しかし、「非人称芸術」が位置する「文脈」が変わってくる。
これはどちらの選択もアリだろうと思う。
しかしぼくは両者の比較の結果、「非人称芸術」をポストモダンアートの文脈に位置づけることに決めたのだ。
そのほうが楽だし、有利だし、意味のあることだと判断し、決定したのだ。

現代においてモダニズムとは「ポストモダンと言う時代区分を認めない立場」と表現できる。
それに対し、「ポストモダンと言う時代区分を認めたうえで、どのような思想が有効かを模索する立場」を「ポストモダニズム」と表現していいんじゃないかと思う。
先に書いたように「ポストモダニズム」は一枚岩の思想になり得ないとしても、「ポストモダンと言う時代区分を認めたうえで、どのような思想が有効かを模索する立場」と言う点だけは共通しているように思う。
だからぼくも、自分なりに「ポストモダニズムとしての芸術とは何か?」を捉え、その文脈上にどのように「非人称芸術」を位置づけるか?を考える必要があるだろう。
そこで導き出されたのが、「鑑賞主義」のコンセプトだと言えるかも知れない。

(なんか不十分なので多分続きます)

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「遺伝的プログラムによる言語」が饒舌な人・苦手な人

ところで、オバマさんのビデオのことだが、これはあらためて考えるとすごいビデオである。
英語で何をしゃべってるのかぜんぜん分からないぼくでも「オバマさんが何かを一生懸命訴えかけて、ぼくらの国のことを良くしようとしていて、さらにこの人を信じて応援する国民も大勢いて、だからぼくもオバマさんに絶対投票しよう」と言う気になってしまう(笑)
英語が分からないぼくにこれだけの概念(意味)を伝えるこのビデオは、英語で語る以上に「遺伝的プログラムによる言語」で饒舌に語っているのだと言える。
この観点で見ると、これは前回も引き合いに出したヒトラーの演説と同じである(いや、ビデオに出てるのはオバマさんだけではないが)

「政治」と言うのもぼくが苦手な分野のひとつだが、それは多分、現代の政治的が主に「遺伝的プログラムによる言語」によるコミュニケーションにより成立しているからだろうと思う。
現代の政治は、政治の内容について「遺伝的プログラムによらない言語」で議論することではなく、「遺伝的プログラムによる言語」を駆使しながらの駆け引きと言う側面が強いのかもしれない。
いや、ぼくは実際のところは知らないのだけど、自分自身が「政治」に接近したくない理由は、そんなところにあるかもしれないと、ふと思ったのである。

実のところぼくは、「遺伝的プログラムによる言語」を使ってのコミュニケーションが、どちらかと言えばかなり苦手なほうである。
「遺伝的プログラムで決まってる言語なら、誰だって使えて当然では?」と思われる方もいるだろうが、そうではないのである。
例えば、日高敏隆さんの『動物は遺伝か環境か』によると、ウグイスはヒナの期間に親の「ホーホケキョ」のさえずりを繰り返し聞かないと、親になっても「ホーホケキョ」とさえずることが出来ない。
ためしにウグイスのヒナにカラスの「カーカー」と言う鳴き声を聞かせると、成鳥となったウグイスは「カーカー」とも「ホーホケキョ」とも鳴けなくなってしまう。
つまり、ウグイスの「ホーホケキョ」と言うさえずりは、ウグイスにとっての「遺伝的プログラムによる言語」ではあるものの、それは学習しなければ身に付かないものなのである。

人間は他の動物とは異なり「遺伝的プログラムによらない言語」も持っているから、成長の過程で「遺伝的プログラムによる言語」の学習が不十分であっても、他人とコミュニケーションをとることが出来る。
人間に備わった「遺伝的プログラムによる言語」と「遺伝的プログラムによらない言語」のどちらに重点を置いてコミュニケーションを図るか?は、それこそ文化によって違うだろうし、個人によっても異なる。

ぼくが尊敬している哲学者の中島義道さんは、哲学者として「遺伝的プログラムによる言語」を毛嫌いしている、と表現できるかもしれない。
「哲学」とは人間の理性的行為であり、それは「遺伝的プログラムによらない言語」のみによって構築されなければならない。
だから周囲の人間の多くが、他の動物並みに「遺伝的プログラムによる言語」に頼りきっている現状が、耐えられないのかもしれない。

この気持ちには、哲学者でないはずのぼくでも、少なからず同調してしまう。
ぼくにとって、周囲の多くの人々は「ホーホケキョ」とか「カッコー」とか、ぼくの知らない「遺伝的プログラムによる言語」で語り合っている。
そしてぼくが「遺伝的プログラムによらない言語」で理屈を言ったりすると「コケコッコー!」などとまた違う「遺伝的プログラムによる言語」を返してきて、お茶を濁したりするのである。
この点は実はぼくは最近になってちょっと反省するようになり、「ホーホケキョ」や「カッコー」や「コケコッコー!」の意味を知り、それを使いこなせるように努力している。
これは別に「遺伝的プログラムによる言語」を馬鹿にしてるわけではなく、あくまでものの例えであり、実際に馬鹿にされているのはいつもぼくのほうである。

「遺伝的プログラムによる言語」の使いこなしが滅法うまい人は、例えば「裏モノライター」で有名でぼくも尊敬する唐沢俊一さんだろう。
唐沢さんはカルトな人気を誇り、コアなファンによる「唐沢俊一検証blog」なるサイトまであるくらいだ。
このブログでは、唐沢俊一さんがこれまでさまざまな雑誌や書籍に書いてきた文章の、間違いや矛盾点や、果ては盗作疑惑までもが仔細に検証されている。
プロのライターである唐沢俊一さんの書いた文章に、なぜ間違いや矛盾点や盗作疑惑があるのか?
それは恐らく、唐沢俊一さんが「遺伝的プログラムによらない言語」を、非常に頓着なく使っているからではないだろうか?
端的に言うと、唐沢俊一さんは「遺伝的プログラムによらない言語」の使い方や読み取り方を、きちんと学び損ねた人なのではないだろうか?
しかしその欠点と引き換えに「遺伝的プログラムによる言語」については人並み以上に学習し、それを巧みに駆使する能力を身に着けた達人なのではないだろうか?
あくまで仮定でしかないのだが、そう仮定すると「デタラメばかり書いていながら、仕事は潤沢にある」という状況が矛盾なく説明できるのだ。
これを裏付けるように、「検証blog」の管理人さんが、実際に唐沢俊一さんに(素性を隠して)会ってお話したら「とても好人物だった」と言うように証言している。
「好人物」と言う印象を相手に与えることは、「遺伝的プログラムによる言語」を駆使しながら「自分は好人物である」と言う概念を常に周囲に語りかけている、と言い換えることが出来るだろう。
唐沢俊一さんは、自身のこうした特性を生かし、仕事を得ているのではないかと推測できる。
もちろんそれは推測でしかないわけだが、もし当たっていたとしても、それは「プロ」として非常にまっとうで正当なことだと思う。

この意味でも、唐沢俊一さんと中島義道さんは正反対だと言えるかもしれない。
中島義道さんについても、実際にお会いすると書籍の印象のように怖い人ではなく「好人物だった」と言う証言がある(どこで聞いたか忘れたが)。
多分中島義道さんも、自身が意識しないうちに「遺伝的プログラムによる言語」で、周囲に語りかけているのかもしれない。
それで相手が油断して、自分に「遺伝的プログラムによる言語」を返してきたりすると、時として烈火の如く怒ったりするのだ。
正確には中島義道さんの発する二種類の「言語」のうち、相手が自分の「遺伝的プログラムによる言語」のみに反応し、「遺伝的プログラムによらない言語」をスルーした場合、怒りが爆発するのだと思う。
自分が人間の言葉を投げかけたのに、「クルックー」などと鳴いて返すとは何事だ!人間だったら人間の言葉を使いなさい!!と言うわけで、そう言われた相手はハトが豆鉄砲を食らったような顔になるわけである。
いや、中島さんは実際どう思ってるのかは想像でしかないが、事実としてぼく自身がそういう体験を何度もしているw

ただ、哲学者でもないぼくは、中島義道さんほどの「遺伝的プログラムによらない言葉」の達人ではない。
だから唐沢俊一さんみたいな方を尊敬して、その技を学ぶことも必要かなと、最近は思っていたりする。
しかし唐沢俊一さんはあまりにもハイレベルなので、学習なんておいそれとは出来ないだろう。
その意味でもぼくが最近注目しているのが、現代思想家の内田樹さんで、内田さんは多分「遺伝的プログラムによる言語」と「遺伝的プログラムによらない言語」の関係を、別の観点で捉えられているように思える。
そのことはまだちょっと整理がついてないので、続きはまた今度・・・

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音楽は「遺伝的プログラムとしての言語」なのか?

これはネットゲリラと言うサイトで拾った、アメリカ大統領オバマ氏の選挙用プロモーションビデオである。
これを見てハッと思ったのだけど、英語がぜんぜん分からない自分でも、なんとなくジーンとするような、そういう概念だけは伝わるのである。
まず「英語」は、「遺伝的プログラムによらない言語」なので、それが分からない人には意味はこれっぽっちも伝わらない。
しかしこれはミュージックビデオだから、歌う人の表情や身振りが「遺伝的プログラムによる言語」となって、何がしかの概念を見るものに伝えるのだと言える。
さらに目をつぶって音楽だけを聴いても、英語だけを聞いたときのようなチンプンカンプンではなく、例えば「なんとなくいい気分になる」というような概念が伝わってくる。
つまり音楽を「言語」の一種だと捉えれば、それは「遺伝的プログラムによる言語」と言う側面が強いと言えるかもしれない。
音楽は、人間の表情のようにそのほとんどが「遺伝的プログラム」の現われではないにしても、かなりの割合が「遺伝的プログラム」に支配されていると言っていいのではないだろうか?
だから「音楽は国境を越える」と言われるのではないだろうか?
音楽は文化の産物の最たるもののようでいて、実は文化によらない「遺伝的プログラム」による要素によって、交換が可能な「言語」なのである。

人間にとって音楽とは、他の動物にとっての「鳴き声」のようなものかもしれない。
哺乳類や鳥類は、複数の種類の「鳴き声」を使い分けて、仲間とのコミュニケーションを図る。
多くの鳥は「さえずり」と「地鳴き」を使い分ける。
『イギリスの都会のキツネ』によると、キツネは解明されているだけで十数種類の「鳴き声」を使い分け、さまざまな概念を伝え合っている。
このように人間以外の動物も「言語」を持つと言えるが、それらはいずれも種に固有の「遺伝的プログラムによる言語」である。
人間以外の動物の「言語」は、「鳴き方」とそれが示す「概念(意味)」の結びつきが、「遺伝的プログラム」によって決められている。
ちなみに日本語などの人間の言葉は、「言葉」とそれが示す「概念」の結びつき方が「遺伝的プログラム」によって決まっておらず、だからそれは文化によって異なる。
しかし音楽は、「音楽」とそれが示す「概念」の結びつきが、100パーセントではないにしろある程度「遺伝的プログラム」で決まっているような気がする。
もちろん音楽には例えば「波の音」や「地響き」や「小鳥の声」や「心臓の鼓動」など、自然の音を模した表現を含むことがあり、そうした要素が文化を超えて伝わるのは当たり前と言えるだろう。
だがそれ以外にも、動物の鳴き声のような「遺伝的プログラム」が音楽に含まれて、それにより「音楽は国境を越える」を実現しているような気がする。
まぁ、それは「気がする」と言う思い付きなだけである。
実のところぼくは動物の鳴き声についても、音楽についても、まったく詳しくないのであまり多くを語れないのである。

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2008年11月 5日 (水)

「遺伝的プログラムによる言語」と「遺伝的プログラムによらない言語」

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一般によく言われるように、人間は言語以外のコミュニケーションを行う。
お互い言葉を交わさずとも、お互いの表情や身振りなどを読むことで、大体お互いが何を思っているのかを察することができる。
言語の通じない外国人どうしてあっても笑顔で挨拶すれば、それが敵意の無いことのサインになる。
反対に怒りの表情を示せば、少なくとも自分が怒っていることだけは、相手に伝わるだろう。
また、言葉を交わす以前に相手の顔付きを見ただけでも、「優しそうな人」だとか「怖そうな人」だとか、ある程度の人柄が予想できてしまう。

そういえば、だいぶ以前のことだがNHKテレビのとある科学番組で、面白い実験をしていた。
まず、お互い初対面同士の小学生を20人集め、さらに10人ずつ「Aグループ」と「Bグループ」に分け、それぞれ別の部屋に集合させる。
そして、Aグループは全員にマスクを掛けさせて「会話禁止」にする。
Bグループは会話はOKだが、お互いの目が見えないように全員に黒いサングラスを掛けさせる。

そしてAとBどちらのグループが、より短時間でお互いが仲良しになれるのか?と言う比較テストをしたのである。
Aグループは会話禁止だから、お互いのアイコンタクトや身振りだけでコミュニケーションするしかない。
Bグループは会話が自由だが、お互いの表情を読み取るための目が隠されている。

その実験結果だが、Aグループの子供たちは、はじめは会話ができないことに戸惑っていたが、すぐに慣れてお互い打ち解けあい、(言葉によらない)ジャンケンなどのゲームを始めたりしてた。
そしてBグループの子供たちは自己紹介を始めたりして、いろいろな情報交換を試みたものの、実験の最後までどうも他人行儀で、打ち解けあうことが無かった。
印象的だったのは、実験終了後のBグループの子供たちの反応で、サングラスを外したとたん顔を見合って「なぁんだ、こんな人だったのか」と言う感じでホッとしていた事だ。
この実験によって、人間同士のコミュニケーションにとって、言語以外にも重要な要素があることの「一端」が示されたのである。
記憶が曖昧なのでディテールは違っているかもしれないが、大体こんな趣旨の実験だったと思う。

ところで、ぼくは「言語」というものを、なるべく大きな範囲に適応して捉えたいと思っている。
広い意味で解釈した「言語」の概念で、人間とそれ以外の生物の比較が可能となり、それによって人間のことがより理解しやすくなる・・・そういう方法論を採用したいのだ。
だから「人間は言語以外のコミュニケーションを行う」という表現も、「言葉を交わすこと以外にも、言語コミュニケーションが存在する」というように言い換えたい。
「言語コミュニケーション」を「抽象的な概念を、何か具体的なものに象徴させ、相手に伝えること」と定義すれば、言葉以外の「表情」、「目つき」、「身振り」、なども立派な「言語」である。

先のNHKの実験に照らすと、Aグループの子供たちは互いに「仲良くなりたい」という概念を、「目付き」によって象徴させながら、コミュニケーションを果たしていた。
Aグループは「目付き」という「言語」でコミュニケーションしていたのである。
反対にBグループの子供たちは、「仲良くなりたい」という日本語を交わしながらも、お互いの「仲良くなりたい」という概念を交換し切れなかった。
「仲良くしたい」という日本語は「言語」であるはずなのに、それ単独では「言語」としての機能が十分に果たせなかったことになる。

「目付き」と「日本語」の両方ともが「言語」だとして、その二つはどのように違う「言語」なのか?
それは生物学の概念である「遺伝的プログラム」を当てはめて考えることが出来るだろう。

目付きや表情による「言語」表現は、動物種としての人間に共通である。
インド人も、アメリカ人も、日本人も、うれしい時やおかしい時は同じように「笑い」の表情を示す。
そして「怒り」の表情で自らの怒りの感情を表す。
激しい表情で示さなくとも、相手の目を見れば大体の気持ちを察することが出来るのも、人類で共通している。
このような「言語」は文化の違いによらないから、動物種としての人間に備わった「遺伝的プログラム」の現れだと言える。

それに対し、言葉による「言語」は文化によって異なる。
ヒンドゥー語と、英語と、日本語は異なる「言語」だから、母国語しか知らない人間同士は、言葉によるコミュニケーションが出来ない。
だから言葉は、文化として人間が構築した、「遺伝的プログラム」によらない「言語」だと言える。*1

このように人間が使う「言語」には、「遺伝的プログラムによる言語」と、「遺伝的プログラムによらない言語」の二つの種類がある。
そして人間は、この二つの言語をうまく織り交ぜながら、コミュニケーションを図っている。
NHKの実験の「サングラスをした初対面の小学生たち」は、「仲良くしようね」と言う日本語を交わしながら、その言葉が示す概念の「真偽」を疑ってしまったのである。
つまり、言葉が示す概念の真偽を確かめるためには、言葉と同時に発せられる目付きや表情など「遺伝的プログラムによる言語」が示す概念を、キャッチする必要がある。
「サングラスをした初対面の小学生たち」は、「遺伝的プログラムによる言語」を封じられたため、コミュニケーションに不調をきたしたのだ。

その逆に、「遺伝的プログラムによる言語」だけでは、複雑な概念や情報を伝え合うことは不可能だろう。
むしろ、言葉で複雑な概念を語りながら、「遺伝的プログラムによる言語」に訴えかけるようなしゃべり方をする人は、詐欺師やインチキ宗教家やニセ科学者かもしれない。
かのアドルフ・ヒトラーの演説も、ドイツ語の分からないわれわれ日本人でも、何を言わんとしてるのか何となく分かった気になってしまったりする。
そう考えると「冷静な話し合い」とは、「遺伝的プログラムによる言語」を極力排除したコミュニケーションだと言えるかもしれない。
昔(今でもあるかもしれないが)、「朝まで生テレビ」という討論番組があったが、これなど出演者全員がサングラスを掛けて討論すれば、乱闘的な「見世物」に落ちることも無いかもしれない。

以上、先日古本で買った『イギリスの都会のキツネ』を読みながら思い付いたことを書いたが、この話は「人間とイヌとのコミュニケーション」についての話へと続く・・・ハズである。

注1:人間の言葉は、その枠組みだけが「遺伝テクプログラム」で決定されている。

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2008年11月 2日 (日)

今日買った古本

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荻窪の古本屋に入ったら、色々売ってたので思わず買い込んでしまった。
締めて五千円あまりで、やはり新品で買うより安い。
とは言え、ぼくは基本的に読書が苦手で、これまで読んでいた『アートと美学』も結局は三週間近くもかかってしまった(ぼくにとっては読みづらい本ではあったけど)。
そんなわけで買っても読めるかどうかも分からないのだけれど、読んだらためになりそうだとつい思ってしまい、買ってしまう。
そうやって本棚に読んでない本がたまってしまうのだが、困ったことである。
一応、本を買った理由など・・・

●ユクスキュルの本は日高敏隆さんの本に紹介してあり、ぱらっと見たら図が何だか知らないけど面白そうだったので。

●『イギリスの都会の狐』は、哺乳類についての知識がほとんど無いのでその強化のため。
本当はローレンツの『ソロモンの指環』が欲しかったのだけど、売っておらず・・・

●デュシャン全著作は前からなんとなく欲しかったのだけど、分厚くて高い本だったので、それが古本ならお得かなと。
製作用のメモなどが活字化されていて、チラッと読んだだけでもなかなか刺激的。

●海野さんの昆虫図鑑は、仕事の参考用。

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質問の創造力

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11月1日のことだが、「写真の分布 ―東京造形大学・大学院 同窓生有志 写真展―」の講評会があるというので、覗きに行ってみた。
のつもりが、白岡順教授から造形大卒の先輩として(「写真の蓋然性」に参加した他二名のメンバーと共に)、後輩の作品の講評をする役目をおおせつかってしまった。

それで一人ずつの作品について意見を求められたのだけど、実のところぼくにはよく分からなくて困ってしまった。
ぼくは「写真家」を名乗って入るのだが、しかし方法論的に「写真の外側」に立場を置いているので、「写真」のことはよく分からないのだ。
方法論的にと言うのだから、つまりはワザと「写真」については理解しないように努めている、と言ってもいいだろう。

しかし最近は「写真が分からない」ということが方法論的にそうしてるのか、ただ単純に「分からないだけ」なのかが分からなくなってきている。
もしくは「写真を理解しないように努める」と言う方法論が、果たして自分の創作に有効なのかどうか、そのことに疑問を持つようになった、と言っても良いかもしれない。

「写真が分からない」とは、端的に「写真がつまらない」と言うことである。
世の中にある写真がことごとく「つまらない」からこそ、自分が思う「面白い写真」を創造することが出来る、そういう方法論をぼくは採用していたのである。
しかしその方法論は、前時代的なモダニズムの方法論でもある。
自分の分からないものを「つまらない」と切って捨てるのは、民主主義の理念を絶対視し、他国にゴリ押しするアメリカと同じ態度である。

しかしぼくは最近、モダニズムからポストモダニズムへと「改宗」しようと試みている。
ポストモダニズムとは、簡単に言うと「嫌いな隣人と共存する方法を模索する試み」だとぼくは解釈している。
「嫌いな隣人」とは言ってみれば「理解できない相手」ということだろう。
しかし「理解できない相手」と共存するには、相手を理解しようと試みる必要がある。
なぜなら、「理解できない相手」と共存するためには、少なくとも「自分は相手をどのように理解できないのか?」を知る必要があるからだ。
もしくは「嫌いな隣人」とは「知りたくも無い相手」であり、だからそれは「知りもしないのに嫌ってる相手」でしかなく、「知れば嫌いではなくなる相手」なのかもしれないのだ。

別の言い方をすれば、モダニズムにとって「真理」はただひとつであり、だから共産主義があれば資本主義は不要だし、資本主義があればイスラム教は不要となる。
しかしポストモダニズムにとっての「真理」は個人によって異なり、そして自分が採用した「真理」が、他人にとっての「真理」とどのような位置関係にあるのか?が重要となる。
だから自分にとっての「分かること」の位置関係を知るために、自分にとって「分からないこと」を分かる必要がある。

旧いモダニズム思想が染み付いてしまった自分にとって、「分からない」物を「つまらない」ものとして切って捨てることは実に簡単で、そのための理屈ならいくらでも積み上げることが出来る。
しかし今さらそんなことをしても、何の「機能」にも結び付かないだろう。

それよりも今の自分に必要なのは「質問」による創造力である。
自分の「分からないもの」に対し、的確な質問をすることにより、新たな創造性が生まれるそういう「質問の創造力」が今の時代に求められているのではないか?
内田樹さんの著書など読んだりしてると、そういう気がしてくるのである。

と、理屈では理解してるのだけど、相手に質問するのはなかなか難しく、今回の「講評会」もとてもじゃないが上手く行ったとは言えないだろう。
そもそも「分からない相手」に対し、「自分が何を分かってないのか」が分かってないので、質問のしようがないのである。
それはつまり「分からない相手」に対し、「自分が何を知りたいのか」という覚悟が出来ていないのと同じことである。
今回の出品者で「ちょっと先輩に聞きたいことがあるんですが・・・」と質問してきたものの、「質問の意味が分からない」とみんなに返されていた人がいて、ぼくはその人に「他人にわかるような質問ができれば、自分の作品も説明できたことになるんじゃない?」とアドバイスしたのだが、それは自分自身に対してのことでもあるわけだ。

いっぽう白岡さんは、多分ぼくが知らない「ワザ」を使って生徒と接しているんだなぁと思ったりする。
白岡さんはぼくが卒業しただいぶ後に造形大の教授に就任されたので、本来は何の関係も無いにもかかわらず、「写真の蓋然性」展などで色々お世話してくれたりして、相当にデキる方のはずである。
しかし相手がどれだけデキるのかは、自分がある程度デキていないと分からないもので、そこは白土三平の『忍者武芸帳』の世界と同じである。

・・・と思って『忍者武芸帳』について検索したら、なんと大島渚が映画化していて、それが半端じゃなく凄そうで、タイヘンなことである。

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11月

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ついこの間セミが鳴き始めたと思ったら、いつの間にか11月に突入してしまっている。
今年は例年に無く時間の流れが速くて驚いてしまう。
時間というのは物理現象であるから、風が吹くのと同じように、早くなったり遅くなったり速度が一定していない。
しかし、風の強弱に伴い風車が回転速度を変えるのと同じように、時計の回転も時間の速度に応じて変化する。
だから時計の見掛けの回転は、いつでも一定しているのである。
だが人間は風車や時計とは違うのだ。
今日も一日があっという間に終わってしまった。

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「美」とは何か?それは行動プログラムのひとつである

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前回「行動プログラム」について書いたのだが、なぜそれを書こうとしてたのか最初の理由を思い出した。
というか、書いているうちに、それを書こうとした最初の理由を忘れてしまっていたのだ。

そもそもぼくは「芸術」について考えたいのであるが、その芸術を「行動プログラム」という生物学に通じる概念で捉えたらどうだろう?とふと思いついたのだった。
しかし思い付きがなかなかまとまった言葉にならず、それで『アートと美学』などという本を読んだりしながら、しばらく悩んでいたのである。
この本によると美学とは、「美」というものを西洋哲学の文脈で考えようとする学問である。
しかしぼくはどうも頭も良くないし、センスも合わないせいか、結局はこの本の内容が理解しきれなかった。
ただ、部分的に分かったつもりになったようなことや、考えのヒントになるようなことが書いてあったので、勝手に解釈して自分の考えを膨らませてみた。

芸術の問題は「美」とは何か?ということと、深くかかわっている。
芸術と言わないまでも、軽い気持ちでふと「美しい」とか「きれいだな」などと思うくらいのことは誰の日常にもあるだろう。
この意味で、人間であれば誰でも「美」を感じることができる。

しかし反対に、あらゆる動物の中で「美」を感じることができるのは人間だけである。
「お腹がすいた」とか「痛い」という感情は、人間以外の動物にも観察できる。
いや動物の子持ちは推測するしかないのだが、少なくとも動物は、食物を求めたり、生命の危険を回避する行動を見せる。
しかし人間以外の動物に「美」を求める行動を示すものはいない。
いや、カラスはガラス玉など光るものを、食べ物ではないにも拘らず収集すると聞いたが、それはもしかすると「美」を求める行動の現われかもしれない。
まぁ、そういう例外も踏まえたうえでの以下の理論である。

人間とそれ以外の動物との違いは、その「行動プログラム」のありかたである。
人間以外の動物は、その「行動プログラム」が「遺伝的プログラム」として決まった形を成している。
しかし人間の「行動プログラム」は、その形が遺伝的に決まっておらず、人間が自ら「言語」というツールを用いて構築しなければならない。
人間には「言語を用いて自ら行動プログラムを構築せよ」という「遺伝的プログラム」がセットされているのだ。

「行動プログラム」が遺伝的に決定している動物は、「自分がどう生きればいいのか?」や「自分はなぜ生きるのか?」について悩まない。
それは「行動プログラム」が遺伝的に決定されていないが故の、人間だけの悩みである。
それで人間は、自分が生きるうえでのさまざまな目標を設定する。
人間以外の動物は「生きる目標」が遺伝的に決定されているが、人間にはそれが無いので、自分で決めるわけである。
人間の「生きる目標は」、遺伝的に決定されていないので多種多様である。
それで例えば、金、力、快、楽、愛、神・・・などさまざまな概念が「生きる目標=行動プログラム」となる。

そして「美」というのも、そのような人間の「行動プログラム」のひとつではないかと思うのである。
人間は「行動プログラム」が遺伝的に決定されてない故に、「美」という行動プログラムを見出すのではないだろうか。
有体に言うと、何か「きれいだな」と思えるものを見ると、「きれいなものをまた見たい」と思うようになり、それが「行動プログラム」の構築へとつながってゆくわけだ。
さらに単にきれいなだけでなく「美」に感動し、魂が震えるような経験をしようものなら、「さらに見たい、もっとスゴイものが見たい」という気持ちはさらに高まり、それ自体が頑強な「行動プログラム」となる。
「美」とは、人間の「行動プログラム」が遺伝的に決まっていないことの現われである。
もし人間以外のカラスが「美」を感じるとすれば、人間と程度の差こそあれ、カラスもまた「行動プログラム」が遺伝的に決まっていない動物なのかも知れない。

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