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2009年12月 1日 (火)

11月末の日記

11月27日は、銀座のツァイトフォトサロンで開催の「佐藤時啓 作品展 『 Tree 』 光ー呼吸シリーズより」のオープニングパーティーへ。
長時間露光と手鏡を使用した、非常に手間のかかった作品だが、その中の一枚に「先生の心霊写真が写ってる!」と佐藤さんの教え子の芸大生たちが大喜びしていた。
芸大、美大の先生でも「作家活動」をしてる人は少ないようなので、その意味で佐藤さんは学生たちに信頼されているのではないかと思う。
ぼくもこういう先生に教わっていたら、もっとちゃんとした写真家になっていたかもしれない(笑)

このあと友人写真家たちと飲みに行き、その中のS君がウィトゲンシュタインを読んでいるというので、その辺の話をちょっと聞く。
ぼくの場合、本を読んで勉強するのは自分のアートのコンセプトに結びつけるためなのだが、S君は特にそういうことは意識せず「ただ面白いから」と言う理由でウィトゲンシュタインなんかを読んでるらしい。
もちろん興味を持って読んだからには、何らかの形で自分の作品に反映される可能性はあるだろうが、あらかじめその効果を期待して読書をしているわけではないそうだ。

彼の読書は良い意味での「趣味」であって、おそらくぼくよりは地頭がいいのだろう。
それに比べてぼくは基本的に読書は苦手なので、「せっかくだから役立てよう」と思ってガツガツしてしまう。
その場にいた「別のS君」からは、「糸崎さんはツマラナイ作品を、理屈でカッコ付けようとしてるだけなんだよ」と言われてしまったが、それは単に本当のことなので腹も立たず(笑)、つまりそれが「コンセプチュアル・アート」なのである

そして11月29日は、深川ラボで開催された「行儀の悪い額縁展」のギャラリートークへ。
この展覧会は、リンク先を見ていただくと分かるのだが、中国製のキッチュな額縁を素材に、それぞれのアーティストが独自の作品に仕上げると言う、ユニークな企画展だ。
今後はアーティストを増やして規模を拡大して開催されるかも知れず、「そうなったら、ぜひ糸崎さんも出してくださいよ」と彦坂尚嘉 さんに言われてしまった。

ただ、「非人称芸術」のモードで考えると、このようなキッチュな物件はもうそれだけで完成されているから、それ以上何か「意図」を加える必然がない。
もし、ぼくがこの企画展に参加し「課題」に望むとすれば、それは一度捨て去った「アーティスト」の立場に戻ることであり、そうなると「アートの才能の無い自分」に再び対峙することになり、考えただけでも冷や汗が出る。
まぁしかし、「普通の写真」の実験もしてることだし、たまにはそういう「悪い汗」をかいてみると何か発見があるかもしれない。

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