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2010年2月 7日 (日)

彼女の独身者によって裸にされた東京の花嫁、さえも

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2月5日は東京大学駒場キャンパスの美術博物館に行ってきた。
ここに収蔵されているデュシャンの『大ガラス・東京バージョン』を見るためである。
実は、この美術博物館は館内整理のため休館中なのだが、特別の計らいで『大ガラス』のみ見せていただいたのだった。
なぜ『大ガラス』を見に行ったのかというと、先日アーティストの大先輩の彦坂尚嘉さんに「デュシャンの作品の実物を見ないでデュシャンについて語るのは馬鹿げている」というように非難されたのだが、デュシャンの作品の大半が収蔵されているフィラデルフィア美術館にすぐ飛んで行くわけにはいかないし、しかし『大ガラス』だったら東京に『東京バージョン』があるではないかと思い、腰の調子もだいぶよくなったので行ってみたのだった。

それでこちらのページに画像が掲載されていた『大ガラス・東京バージョン』だが、ごらんの通りオリジナルの『大ガラス』と異なりヒビの入っていないツルリン状態で、どうも不思議な気がする。
いやそれ以前に、ガラスに描かれた『大ガラス』の、レプリカとは言えオリジナルに忠実に作られた「実物」は、なかなかに不思議な存在だ。
平面に描かれたオブジェクトが宙に浮いているような感じで、デュシャンが「四次元の投影」としたのも頷ける気がする。
また透けて見える『大ガラス』には裏も表もないだろうと何となく思っていたのだが、そうではないこともあらためて確認できた。
「裏」は絵の具を保護するために全体に鉛箔が貼られているので、オブジェクトがシルエットになっている。
これが経年変化でまた微妙な色彩を帯び、一部は剥離しかけていたりして、表とはまた違う「作品」に見えるから面白い。
オリジナルの『大ガラス』は割れたガラスを2枚のガラスで挟んであるが、割れていない「東京バージョン」は一枚のガラスなので、剥離した状態もリアルに確認できる。
この「東京バージョン」は制作から今年で30年だそうで、基本的には修復はせずに経年変化に任せる方針なのだそうだ。
ちなみに春から、その30周年を記念した展示も企画してるらしいので、そちらも楽しみだ。
ともかく、この「東京バージョン」の細部をしっかり目に焼き付け、その周囲をぐるぐると何回も回ったりして、十分に堪能したのだった。
これでもう一度、『マルセルデュシャン全著作』の『グリーンボックス』に書かれた項目を読めば、一段と理解が深まるかも知れない。

とは言え、もちろん彦坂さんの指摘通り、フィラデルフィアで「オリジナル」を見なければ本当の意味で十分とは言えないだろう。
いや『大ガラス』のみであれば、『東京バージョン』だけでもかなり十分かも知れない。
しかしフィラデルフィア美術館には『遺作』をはじめとするデュシャンの作品のほとんどが収蔵されており、デュシャン自身も自分の作品を一カ所にまとめて展示することを強く望んでいたのである。
つまり『大ガラス』は、『遺作』や「レディ・メイド」や『階段を降りる裸体』などデュシャンの他の作品とともに見なければ意味が半減してしまう。
デュシャンの作品群は、全体を一つの作品のように捉えなければならないのだ。
もちろん作品だけではなく、『グリーンボックス』などのデュシャンのテキストもあわせて読む必要がある。

ともかくぼくはレプリカとはいえ『大ガラス』は見たし、日本語に訳されたデュシャンの文章はだいぶ目を通したし、『トランクの中の箱』は実物を間近で子細に見ることも出来たし、半年前に比べると格段に「語る資格」が得られたのではないかと思う。
しかしこの「語る資格」とはあくまで対外的なもので、客観的証拠集めのようなものである。
前回の記事でも書いたのだが、自分の主観的事実としてはもう「犯人」はわかっているのだから、その意味で証拠集めはトートロジーに過ぎない。
そう思っていたので、2005年に横浜美術館で『マルセル・デュシャンと20世紀美術』が開催され、そこに『大ガラス・東京バージョン』も『トランクの中の箱』もレディ・メイドもいろいろと展示されたにもかかわらず、行かなかったどころか展覧会の存在すら知らなかったのである。
しかし、最近は「主観的事実」のみでは警察に相手にされず、犯人は逮捕してもらえない事がわかったので、いろいろと見るようにしているのだ。

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