デュシャンの『トランクの中の箱』
前回の記事の続きだが、3月28日まで高松市美術館の企画展で展示中のデュシャン作品の紹介である。
ともかく、ぼくの今回のキュレーションした展示コーナー『デュシャンと対話するフォトモ』に何の価値も見出せなかったとしても、この『トランクの中の箱』だけでも見る価値は十分にあるだろうと確信する。
これは、デュシャン作品の複製印刷やミニチュアなどが納められた、「携帯式移動美術館」といった作品で、1941年から1971年にかけて基本的に
同じものが300点あまり作られたマルチプル(複数制作品)である。
この作品は収納状態では文字通り「箱」なのだが、その箱を開け、左右の「引き戸」を展開すると、中央にデュシャンの代表的な大作『大ガラス』のセルロイド製ミニチュアと、その
左に並んだ「レディ・メイド」などがお目見えする。
さらに下部の蓋を開けると、中には絵画やスケッチ、立体作品の写真などの複製印刷物が数十点納められており、今回の展示ではこれらを周囲に重ねて配置している。
デュシャンは『トランクの中の箱』について、以下のように語っている。
ささやかな商売です、まったくのところ。そのほうが新しい絵を描くよりはるかに容易だし、一人の人間の生活を表現するものをひとまとめに するのはもっと面白い。
デュシャンの書簡集を読むと、『トランクの中の箱』の制作のため、作品の撮影を友人のマン・レイなどに依頼したり、気に入った印刷所を探したり、『大ガラス』のミニチュアのための透明素材を吟味したり、いろいろ手はずを整えている様子がうかがえて興味深い。
ともかく単なる「作品集」とは概念の異なる前代未聞の作品であり、だからこそデュシャンも情熱を注ぐことが出来たのだろう。
『トランクの中の箱』を裏から見るのも実に感慨深い。
『大ガラス』のミニチュアも裏から透かしてみることが出来る。
ボードの裏側の「逆M字」の構造体も目を引くが、工芸品的にもキッチリ作られていることに、当然のことながら感心してしまう。
この設計は当然デュシャンによるものだが、組み立てには助手も使われ、初期のロットにはジョセフ・コーネルが手がけたものが含まれているそうだ。
高松市美術館の収蔵品は最終ロットで、デュシャンの死後を引き継いだアンリ・マティスの孫が組み立てを請け負っている。
手前に見える『階段を降りる裸体No2』は、前回の記事で紹介した複製印刷と基本的に同じもののようで、デュシャンは『トランクの中の箱』の資金調達のため、前もって印刷した複製印刷の一部を販売したそうだ。
個人的に目を引くのがレディ・メイドのミニチュアで、下に見えるのが言わずと知れた『泉』で、つまりは便器である。
その上は『旅行用折りたたみ品』で、もとはunderwood社製タイプライターのカバーである(経年変化で素材が痛んでいるが)。
さらにその上に、ここには写っていないが『パリの空気』(元は空の血清アンプル)と、3つのミニチュアが納められている。
さて、これは展示準備中の『トランクの中の箱』で、中の複製印刷を一通り並べたところだ。
本来は、このように内容物が全て見えるような展示をするのが本来的なようにも思えるのだが、実はそれは不可能なのである。
なぜなら、ぼくも実物を見て驚いてしまったのだが、複製印刷は黒ラシャ紙の「両面」に貼り付けられ、ものによっては二つ折りにされたラシャ紙の内側にも貼られており、だから「全作品を同時に見せる展示」は不可能なのだ。
また本体下部の、複製印刷が納められた箱の表には初期のキュビズム的絵画『ソナタ』の複製が貼られており、この蓋を開くと内側の『チョコレート粉砕器No2』しか見えなくなってしまう。
さらにその隣には『停止原器』のミニチュアが納められているが、これも「蓋」を開くと隠れてしまう。
この『停止原器』のミニチュアは紙に印刷されたものではあるが、このような折りたみの仕掛けがしてある。
が、これも当然このような形で展示することは不可能だ。
つまりこの作品の正式な鑑賞方法は、複製印刷を一枚ずつめくって見るしかなく、今回それが可能だったのは事前に作品をチェックしたぼく(と学芸員さ ん)だけなのであり、だからもう、それだけで今回の企画展を引き受けてよかったと思えるのだ。
ともかく、「不完全な形でしか展示できない」というのは『トランクの中の箱』の大きな特徴であり、その意味で「美術館」という制度そのものが否定されていると解釈することも出来る。
デュシャンの実作品の大半が、デュシャンの意志によってフィラデルフィア美術館に収められている以上、その他の美術館はこの「携帯式移動美術館」をコレクションするしかないのだが、そのような「矛盾」が仕掛けられているところがデュシャン作品の魅力でもあるのだ。
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