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2010年4月 6日 (火)

聖書の途中ですが天理教です

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旧約聖書(リビングバイブル)は「モーセ五書」を過ぎて、ヨシュア記まで読み終えた。
が、ここで突然、上記二冊の天理教の本を読むことにしたのだ。


というのも実は、天理教が発行する『すきっと』という雑誌からフォトモについての原稿依頼が来ていたのだった。

見本誌を送られて くると、特に宗教くさいという感じもしない普通のグラフ誌で、依頼も「中高年が気軽に読めるような、あまり専門的にならないような内容でお願いします」と いうようなものだった。

しかし、これは今の自分にとってはなかなか困難な依頼であって、フォトモについての解説文はさんざん書いてきただけに、以前と同じような内容を繰り返す気にどうもなれない。

だがそうかといって、フォトモについての新しい切り口で書こうとすると、それはまた非常に難 しい作業になってしまうし、マニアックな内容にもなってしまうかも知れない。

それで、何度も書き直して行き詰まっていたのだが、「そもそも天理教 からの依頼なんだから、天理教のことを少しでも知っていないのはおかしい」と言うことに思い至ったのだ。

いや、依頼主の編集部はもちろんそんなこ とは要求しておらず、あくまで「気軽に読める原稿」を求めていることは分かっている。

しかし最近、宗教とは何かを知るために『スッタニパータ』に 続いて『旧約聖書』を読み始めた自分としては、この機会に天理教の何たるかをある程度知った上で、原稿を書いてみたくなったのだ。

それでまずネットで検索すると、天理教ホームページウィキペディア以 外にこのページを見つけたのだが、「天理教は一神教という点ではユダヤ教に似ており、シンプルでわかりやすい教えでよくできている」というようになかなか評価が高い。

このページが掲載されているサイトは『新興宗教を考察するページ』で、その名の通りいろんな新興宗教が第三者的立場で冷静に紹介されており、なかなか興味深い。

ぼくとしては、宗教とは「行動の規定」とも表現できるもので、いろいろな宗教を見てると「動物行動学」と共通のおもしろさがあるようで、つい天理教以外のページにも見入ってしまう。

しかし、ともかくネットでは情報が限られているので、やはり何か本を読んだ方が良いだろうと思い、取り急ぎ新宿ジュンク堂へ行き、宗教書 の棚から画像の二冊の本をセレクトしたのだ。
もちろん、この2冊を読んだだけで天理教のすべてが分かるわけではないだろうが、教義自体がシンプルでわかりやすいと言われているだけに、どちらも 読みやすく、しかもなかなかためになる内容だった。

天理教Q&A 他宗教とどう違うか』は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、仏教と、天理教がどう違うかについてポイントを押さえてわか りやすく解説されている。

この本は同時に、天理教以外の諸宗教についての入門的説明書にもなっていて、最近ぼくが読んだ小室直樹さんの『日本人の ための宗教原論』などにも似てるが、違うのはもちろんすべてが天理教との比較素材になっている点である。

とは言え、他宗教をことさら否定したり批 判したりせず、「イエス様」「仏様」というようにあくまで敬意が払われている。

興味深いのは、著者の小滝透さんの経歴で、サウジアラビア王立リヤ ド大学文学部卒なのである。

つまり「宗教の中の宗教」と言われるイスラム教のコーランを原語で読み、さらに他宗教と比較した上で、自分の信仰として天理教を選ばれているのだ。

その意外性は『科学者が実感した神様の働き』の著者の村上和雄さんにも言えるのだが、この方は筑波大の名誉教授で遺伝子学の権威なのである。

本の前半は、アメリカの留学から帰った村上さんが、新設された筑波大学で高血圧の原因とされる「ヒト・レニン遺伝子」の特定と暗号解読を、世界に先駆け て成功させるまでのサクセスストーリーで、科学的読み物としても非常に面白い(内容としては福岡伸一さんの『生物と無生物のあいだ』に通じるもの があるかも知れない)。
村上和雄さんは、科学を理論で成り立つ表の顔「デイ・サイエンス」と、感性や直感や霊感で成り立つ裏の顔「ナイト・サイエンス」の二面性があると指摘する。
この「ナイト・サイエンス」に相当するようなことは、福岡伸一さんをはじめ多くの科学者も指摘するが、村上和雄さんはそれを天理教の世界観と結びつけておられる。
そもそも、科学とはキリスト教が発祥であり、欧米の科学者にはいまだにクリスチャンも多いだろうから、そう考えると天理教を信奉する科学者がいてもおかしくないのだ(日本人には珍しいとは言えるけど)。
そして宗教を「デイ・サイエンス」に持ち込みさえしなければ、何を信じていようとも科学者は科学者でいられる、と言うことなのかも知れない。

で、ぼくの原稿なのだが、苦労した割にはこれまでとさほど変わらない内容になってしまった。
同じ事柄について、相手に合わせて全く違う切り口で書けるような柔軟性を開発しようとしたのだが、今回も今ひとつ力が及ばなかったようだ。

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コメント


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すんげぇ時代になっちゃいましたね(笑)
でも、これ金もらえるんだぜ!カネ!
うひょほほぉぉぉぉ!!!!(゜∀゜≡゜∀゜)

投稿: 女用のダッチワイフて!爆 | 2010年4月12日 (月) 00時09分

ぼくのよく知っている天理教の信者は二人の子供がいるお母さんでしたが、自分の家庭を守るのはあたりまえで、その上で社会に貢献すべく寝る間も惜しんで活動をしている立派な女性でしたので、信仰は理解できませんでしたが考えには共感できたのでいろいろ協力したことがあります、天理教にはそういう考えの人には拠り所になる何かがあるんでしょうね。

「社会」というのには国家からのトップダウンの権力的なものと、自然発生的な横の関係から生まれるものとが重複していますが、宗教はそれらをどう考えているかが大きなところだと思います。

権力志向の宗教なのか、個人的な語利益の宗教なのか、人間関係を重視した宗教なのか、その辺りで新興宗教は判別できそうな気がします、より良い社会をめざしていないものは宗教ではなくて詐欺集団かカルト集団なのだろうと思います。

投稿: 遊星人 | 2010年4月12日 (月) 21時19分

つまらない偏見や、自分勝手な常識にとらわれているくらいなら、天理教に入信した方が良いと思います。
常識や良識が合理的に整備されている、というのも宗教の特質でしょうか。
天理教の世界観では生まれ変わりはあっても死後の世界はなく、徹底して現世利益ですから、いわゆる世間の常識と衝突することもないでしょう。
ぼくはもっといろいろな宗教を比較してから、どれに入信しようか決めようと思いますがw


投稿: 糸崎 | 2010年4月13日 (火) 00時27分

霊能師でもない奴らが「前世の因縁」とデマカセで騙し、時には「高額な金銭を出さない(お供えとの別名)と
死ぬ。良くない事が起こる」と強迫して不安を煽り最悪時『全資産の略奪』をします。
これを最近他スレで話題になっている『霊感商法』と呼ばれています。
実は、前世の因縁と言いながら天理教は霊を事実上否定する「唯物宗教」の道を選択したのです。
死んだら一切「無」である。だから、徹底的に悪の道により騙し、強迫し、不安にさせるという方法を
暴走しました。
「一回限りの人生だから、徹底的に悪に徹せよ。そして、信者や末端を丸裸にせよ。」
これが、天理教団です。
強迫して不安を煽り高額な金銭を奪う行為は、まぎれもなく霊感商法です。

霊感商法と言えば、統一協会が有名ですが、天理教は統一協会よりはるか以前から霊感商法により
信者から金銭を巻き上げて、今の大型施設が建築できたのです。
明治時代から戦前にかけて、政府やマスコミの弾圧がありましたが、このように高額な財産を奪う、
他の神を否定して来たので、弾圧されて当然です。歴史の長い既存仏教、既存神道の方々の怒りは
相当招きました。
絶対に相手にしてはいけません。

と、
ネットではこんな風に言われています。
でも事実であることは悲しいことです。
この現実、同じ天理教信者として悲しいと思いませんか?

投稿: にんk | 2011年1月15日 (土) 23時13分

>ネットではこんな風に言われています。
>でも事実であることは悲しいことです。

事実と断定するなら最初から自分の言葉で語った方が良いのではないでしょうか。

投稿: schlegel | 2011年1月17日 (月) 19時53分

神様は唯一絶対であるが、人間は多様でそれぞれに多様な神様を見出す・・・と言うのが永遠の困った問題のようで、非常に難しいです・・・

投稿: 糸崎 | 2011年1月18日 (火) 00時23分

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