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2010年5月 5日 (水)

巌谷國士『シュルレアリスムとは何か』

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大乗仏教の解説書『龍樹』は半分くらいまで読んだのだが、内容が思った以上に哲学的で形而上学的で難解で、ちょっとお休みすることに(がんばって読み終えるつもりだが、という本が何冊もたまりそうだがw)。

それで、本屋でふと手にしたこの本を買ってみたのだが、素晴らしい内容だった。
講演をまとめた本なので読みやすいし、文字量も少ない。
いや、少ない文字量にしては値段がなぜか1200円もするのだが、しかし内容が濃縮されてるので、自分にはそれだけの価値は十分にあった。

シュルレアリスムについては、ブルトンの『超現実主義とは何か』(思潮社)を読んだのだが、それ自体がシュルレアリスムの文章のようにチンプンカンプンで途方に暮れていたのだが、こっちの本は『シュルレアリズムとは何か』について言葉の定義からきちんと説明してくれたりして(日本で俗に言う「シュール」は、ちょっと使い方が間違ってるとか)大変にありがたい。

あと、「メルヘン」と「ユートピア」についてそれぞれ章を立てて解説しており、この言葉も日本人には相当に誤解されてるそうなのだが、一般には無関係と思われるこれらの概念と、シュルレアリスムを結びつけるあたりも大変に面白い。

個人的には、「非人称芸術」は間違いなくシュルレアリズムの系譜にあり、「メルヘン」や「ユートピア」とも強く関連しているらしいのが分かったのが収穫だったが、そのあたりはおいおいと。
とりあえずはこの本に紹介されていた、エルンストの『百頭女』と『ペロー完訳童話集』を読みたくなってしまった。

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コメント

ほとんどの外来語の意味がオリジナルとはズレてますね、その言葉の歴史的由来とか感覚世界の違いみたいなバックヤードを考えずに上っ面で分かったつもりになりやすい日本人の特質でしょうね(笑)

たとえば、日本人が考える自由は「何でもやれるぞ」という感覚ですが、英語のフリーというのは「拘束されない」という意味のようで、「支配されること」から解放されている状態なのだということに最近ようやく気がつきました。
なので「リンクフリー」は英語だったら「リンクさせないぞ」の意味になります、これ調べてみたら本当です(笑)

投稿: 遊星人 | 2010年5月 9日 (日) 17時20分

>その言葉の歴史的由来とか感覚世界の違いみたいなバックヤードを考えずに上っ面で分かったつもりになりやすい日本人の特質でしょうね(笑)

それが日本人ならではの特質かどうか、ぼくには分かりませんが、世間で「当たり前」と思われる事柄について、系譜にさかのぼることで「それが何であるか」を解き明かす学問的手法が「系譜学」ですね。
この本は系譜学としても、非常に面白いのではないかと思います。
あと、『銃・病原菌・鉄』も買いましたw

>たとえば、日本人が考える自由は「何でもやれるぞ」という感覚ですが、英語のフリーというのは「拘束されない」という意味のようで、「支配されること」から解放されている状態なのだということに最近ようやく気がつきました。

日本にはもともと「契約」の概念がなかったことと、歴史上「奴隷」の存在がなかったことが、関係してるかも知れません。
「旧約聖書」には「奴隷」の契約についても書かれていて、「謝金が返せないユダヤ人は、自分を奴隷として売って、返済に充てることができる」というように書いてありました。
もちろん、借金を返せば奴隷の身分から「自由」になれますが、この場合の「自由」は当然のことながら「何でもやれるぞ」にはならないでしょうね。

投稿: 糸崎 | 2010年5月10日 (月) 15時13分

松岡正剛さんの最新書評もこれでした、これまた絶賛ですね。
http://www.honza.jp/senya/1/matsuoka_seigow/1361

今では日常語になっている漢字熟語の大半が西洋の概念を導入するために明治時代に作られた造語なのですが
http://www.dotcolumn.net/essay/amala_kamala/index3.html
この人たちは明治維新以前の生まれですから、どうやって西洋思想を勉強したんだろうかと思います。
「自由」は「芸術」「美術」と共に中江兆民が造語したようですが、おそらく自力で原典をいろいろ読んで意味を考えて訳したのでしょうね。
ただ、当時の一般人は漢字の意味から推測するしかなかったわけですから、造語のセンスの良し悪しが後々に御認識を生んだものもあるはずで、そもそも漢字二文字で意味まで訳してしまうというのはすごいことで、漢字の本家の中国も逆輸入して使っているのですからたいへんなことをやったものです。
これらの人たちの中では福沢諭吉の言葉のセンスは抜群に優れていると思います。

>日本にはもともと「契約」の概念がなかったことと、歴史上「奴隷」の存在がなかったことが、関係してるかも知れません。
この違いは大きいですね、その不信感は今でも欧米や中東には根強くあるとしか思えません、たぶん、日本人の国際感覚でいちばんズレているところなのでしょうが、そういう感覚が常識でないのは幸いであります(笑)

投稿: 遊星人 | 2010年5月10日 (月) 22時07分

仙台の、川上直哉です。昨日はありがとうございました。
前の記事に対するコメントになって恐縮ですが、オルテガについては、http://www.liberal-arts.jp/?cat=4この講義が、本当にすばらしかったです。もしよければ、お試しくださいませ。

また、私のブログに、昨日の成果を書き出しました。
ご高覧を賜れば幸いです。
それでは失礼します。

川上直哉

投稿: 川上直哉 | 2010年5月11日 (火) 15時26分

>遊星人さん

>ただ、当時の一般人は漢字の意味から推測するしかなかったわけですから、造語のセンスの良し悪しが後々に御認識を生んだものもあるはずで、そもそも漢字二文字で意味まで訳してしまうというのはすごいことで、漢字の本家の中国も逆輸入して使っているのですからたいへんなことをやったものです。

欧米以前の外来語と言えば「漢文」だったので、「外来語は漢文に訳すべし」と当然のように思ったのかも知れませんね。
現在の外来語のカタカナ表記のルーツは別にあるはずですが、カタカナは元は漢文の読み下し用の補助記号だったそうで、それを外国語表記に転用しよう、というアイデアも素晴らしいかも知れません。

>川上直哉さん

返信遅れましたが、こちらこそいろいろ興味深いお話を聞かせていただき、非常に刺激になりました。

>前の記事に対するコメントになって恐縮ですが、オルテガについては、http://www.liberal-arts.jp/?cat=4この講義が、本当にすばらしかったです。もしよければ、お試しくださいませ。

情報ありがとうございます!
視聴しただけで、心に沁みますね・・・
「道中は宿屋よりも、いつも良い」はまさにその通りで、ぼくも最近自分の「宿」がどうにもボロくて落ち着けないことが分かってきたのですw
というか、この言葉は『大衆の反逆』に書いてあったはずですが、全然覚えてないですね・・・ねるほど、「聴く」と「読む」では頭への入り方が違うかも知れません。

>また、私のブログに、昨日の成果を書き出しました。

さっそくブックマークしました。
そちらのブログはコメント欄が無くて、ツイッターかトラックバックで返信、ということなんでしょうか?

投稿: 糸崎 | 2010年5月12日 (水) 14時11分

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