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2010年9月 3日 (金)

アートのお手伝い

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昨日と一昨日は、浅草橋のマキイマサルファインアーツで開催される、彦坂尚嘉さんの個展の設営作業のお手伝いをしていた。
これはアルバイトではなくタダ働きで、しかも頼まれたわけでもないのに勝手に押しかけている。
これをして「糸崎はついに彦坂信者になったのか?」などと思う人もいるかもしれないが、ぼくにはぼくの「信仰」があるので安心して欲しい(笑)

というか彦坂さんは、「信仰」や「神」の話がまともにできる、数少ない知り合いの一人である。
信仰についてまともに話ができる、というのは信仰に溺れていないということで、だから信仰(宗教)に対しそれが何であるかの話が冷静にできるのだ。
ぼくが信仰についてあれこれ考えようとするのは、それがアートと深く関係しているからである。
芸術が「超越」に向かって突き当たるところの「認識の境界面」なのだとすれば、結局それは「信仰」の問題であり、だから芸術の本質は「宗教芸術」なのだと考えることができる。
「人は誰でも信仰から逃れることができない」という立場で考えると、どんな芸術にも作者の「信仰」が反映されてるし、芸術鑑賞のありかたには鑑賞者の「信仰」が反映されているはずである。

だから「自分は信仰なんてものとは無関係だ」と思っているアーティストやアートの愛好者の皆さんも、実はそれぞれちゃんとした「信仰」をお持ちなのである。
その中で彦坂さんは、自他共に認めるキチガイじみた独特の信仰をお持ちで、だからたいていの人の信仰とは折り合いが悪く敬遠されてしまうのだろう。
しかしぼくは最近、自分の信仰を自覚的に拡張したり、変更したり、コントロールしたりを試みている。
だから彦坂さんのキチガイじみた信仰のあり方に興味を持ってしまうのだ。

まぁ、そういうこととは別に、他人の展示の手伝いをするといろいろと勉強になる。
だから例えただ働きであっても、金銭的な「等価交換」に回収されない「贈与交換」が成立するのだ。
というか、ぼくは学生ボランティアに「勉強になるから」といって自分の個展準備をタダで手伝わせたことが何回かあるのに、ぼく自身は他人の手伝いをしたことがなかったのだ(笑)
しかしあらためて展示のお手伝いをしてみると、作家ではないにもかかわらず作家に近い視点で展示が見られたりして、なかなか面白い。
これは明らかに「単なる客」の視点とは異なるので、クセになりそうだ。
こんな調子でいろんな友人アーティストのお手伝いをすれば、そのうち自分の展示も「他人事」のようにスムーズに出来るようになるかもしれない(笑)

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