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2010年10月11日 (月)

売る練習と見る練習

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昨日は他のブログにも書いたのだが、信濃町の「フォトギャラリー マルシェジュエ」で開催中の『ポストカード展』の搬入に行ってきた。
この展覧会は大学の同級生の写真家、染谷育子さんの紹介で、写真家が自作のポストカードを持ち寄り(参加費無料)、一枚150円で販売するという企画だ。

実は、ぼくは自分のプリンターが壊れてしまい、どうしようかと思っていたのだが、これを機会に思い切ってエプソPX5600というちょっと高めのプリンターを買ってしまったのだ。
PX5600はA3までプリントでき、カラーが綺麗なのはもちろん、さらにグレーインク採用でモノクロ写真にも適しているという触れ込みだ。

それで富士フイルムのモノクロ写真用インクジェットペーパー(ハガキサイズ)を買い、「反ー反写真」シリーズのモノクロ写真をプリントしてみたのだ。
いや、プリントしたのはシリーズ初期のカラーをモノクロに変換したデータなのだが、このころ試していた子供を撮った写真が案外売れるんじゃないかと思ったのだ(笑)
ともかくプリントしてみたのだが、銀塩モノクロプリントと見分けが付かない仕上がりに驚いてしまった。
ぼくは「写真」については素人なので(笑)詳細に比べてはいないのだが、画質はもちろん富士のモノクロペーパーもしっとりした半光沢でなかなかの雰囲気だ。

しかし困ったのはポストカードの裏に自分の名前を印字しようとしたのだが、富士のペーパーの裏はどういうわけかインクが乗らず、こすると消えてしまうのだ。
仕方なく油性サインペンで一枚ずつ手書きのサインをしたのだが、そっちの方がありがたみがあるかも知れない。
そんな感じで10月3日の初日には間に合わず、10日の昨日、直接搬入に行ってきたのだ。

信濃町のギャラリーは住宅地の奥にあり、まったく普通の家の1階にあるのだが、この夏にオープンしたばかりで知名度がないせいか、お客さんはぼく以外は来ておらず、参加作家もちょっと少なめのようだった。
ということで、ポストカード展に参加する写真家はまだ募集中だそうです。

実は、ぼくは自分の作品をこれまで売ったことが無く、だから気軽に参加できるこのポストカード展で、実験してみようと思ったのだ。
ぼくはいろんなギャラリーや美術館で個展やグループ展をやったり、ワークショップもやったりしてきたのだが、いってみればそれらは「見世物興行」なのだ。
販売、というとぼくは作品集の出版もしてるのだが、これはあくまで「出版市場」に流通する物であり、だから自分の作品を「美術市場」に流通させたことがないのだ。
まぁ、そう言うやり方もあるのだけれど、最近は自分の作品を「売る」と言うことに興味が出てきた。
しかしそれを実現するにはこれまでとは発想を変えて、行動も変えていかなければならないだろう。
ということでまず手始めに、『ポストカード展』の話に乗ってみたのだ。

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ついでにその日は、信濃町から新宿までテクテク歩いて、「プレイスM」「蒼穹舎」「コニカミノルタプラザ」と写真ギャラリーを見て回った。
ぼくはこれまで写真ギャラリーで「写真」を見る習慣が無かったのだが、「写真を売る」ことを考えるならそういう態度も改めなくてはいけない。
しかし、こういう写真ギャラリーは実のところ「写真」そのものを売っておらず、その意味ではあまり参考にならないのかも知れない。
その理由は、恐らくある種の「純粋芸術」の思想のあらわれであって、つまり「芸術の価値は金銭に換算できない」ということであり、だから作品を販売しないのだろう。

しかしぼくはそれ以前に、ギャラリーに行って他人の作品を見る習慣がないからお話にならない。
簡単に言うと、「非人称芸術」はあらゆる「人称芸術」を否定するからなのだが、どうもそのコンセプトに固執するだけではダメだろうと最近思うようになったのだ。
だから「非人称芸術」のコンセプトを「棚上げ」しながら、「芸術を否定しない態度」を身に付けることを試みているのだ。

「作品を売りたい」と思い始めたのもその一環だし、「反ー反写真」と称して「写真」を撮っているのもまた同じである。
そして、そのように自分で「写真」を撮るようになると、他人の「写真」も分かるようになってくる。
いや、まだ「写真」のほんの少しの部分しか理解できていないのだが、しかし以前のように「取り付く島もない」という状況ではなくなった気がする。

それでも「プレイスM」で展示されていた森山大道の写真は「わからない」のであったが、その「分からない」度合いが分かってきたというか、そういう感じだ(笑)
また、コニカミノルタプラザでは作家さんがそれぞれいらしたので、いろいろ質問してみたのだが、以前だった写真を前に絶句していたはずで、これも「写真」を自分でも撮り始めた効果なのである。
しかしそのやりとりの内容を、ぼくがうろ覚えで書くとまたあらぬ誤解が生じるかも知れないので(笑)とりあえず書かないでおくことにする。

それにしても、計5つの個展を真剣に見て回るとそれだけでヘトヘトになってしまった。
ぼくとしては特定の場所に行って、特定の作品を見る行為というのは、基本的にどうも苦痛に感じてしまう。
慣れの問題かも知れないが、「現実」の路上を自由に歩き回り「非人称芸術」を鑑賞する方がはるかに気が楽だ。
しかし、行き詰まりを打開するには何らかの「苦行」は必要で、読書も含めそういうことをいろいろ試しているのである。

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コメント

最近は糸崎さんの影響でモノクロ変換してますが、
どうしても好みの被写体から逃れられないですw

とっても気になるペーパーが発売されるみたいです。
http://www.denjuku.gr.jp/index.htm

投稿: TAKAO YAMADA | 2010年10月11日 (月) 23時43分

>どうしても好みの被写体から逃れられないですw

結局ぼくも、好きなものを撮ってます。
「写真」で撮れる非人称芸術というか、原理的に路上はどこでも「非人称芸術」なんでどこ撮っても「好きなもの」なんですが・・・
しかし、TAKAOさんは好きなものを撮りながらきっちしりた「写真」になっていて、どうやって撮るんだろう?と思ってたら自分でも撮れるようになりましたw
その意味で、ぼくの「反ー反写真」はTAKAOさんの写真に似てるかもしれません・・・

>とっても気になるペーパーが発売されるみたいです。

記事のアドレスはこれですね。
http://denjuku.gr.jp/seminar/2010/09/103.php
写真がフレスコ画に・・・というのは確かにスゴそうです。

投稿: 糸崎 | 2010年10月12日 (火) 01時04分

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