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2010年11月29日 (月)

暗黙知

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日本人にとっての日本語は「暗黙知」であり、他言語との比較によって初めてそれが「何であるか」を知ることができる。
「歩き方」は人間にとっての暗黙知であり、誰もその方法を説明することはできない。
「水の飲み方」や「呼吸の仕方」もまた然り。
外部あるいは他者との出会いによって、「自明」という暗黙知が顕在化する。

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思想・哲学・宗教」カテゴリの記事

コメント

暗黙知、良い言葉を学びました(笑)
言葉で表されない知識のことだと理解していいでしょうか?
僕には暗黙知の概念自体がこれまで暗黙知的でした。
人間の行動には意識しない、あるいは制御できない物がいろいろありますね。
ダメだと判っていてもやめられないものとか、は暗黙愚とか暗黙痴とかよびたいです。

花の写真、ウェブ上にある物はよそ行きのが多いですが、この写真は、いつもみかけるカタバミらしいカタバミですね。

投稿: schlegel | 2010年12月 1日 (水) 15時19分

ネタ元は、マイケル・ポランニー『暗黙知の次元』です。
http://www.amazon.co.jp/product-reviews/4480088164/ref=dp_top_cm_cr_acr_txt?ie=UTF8&showViewpoints=1
「私たちは言葉にできるより多くのことを知ることができる」というフレーズが印象的ですが、それ以外は自分には難しすぎてよく分かりませんでしたw
読んだのはだいぶ昔なので、今読んだらまた違うかも知れません。

しかし「暗黙知」という言葉を眼にした瞬間、既に言葉にできるより多くのことを知ってしまったわけで、それはschlegelさんも同じかも知れませんw
ともかく色々と思い当たるフシのある概念ではあります。
薄い本なので、読んでみるのもいいかもしれません。
著者は物理学者で、兄は経済学者です。

投稿: 糸崎 | 2010年12月 1日 (水) 19時52分

たとえば、ユクスキュルの言うように樹上のマダニが酪酸の臭いと微妙な温度を感知して下を哺乳類か何かが来たことを感知して落下するとすれば、それも暗黙知の範疇なのでしょうかね?
そこまで定義づけしてくれれば人間以外の動物はほとんど暗黙知だけで行動していると思うのですよね、それがなかったら人間だって幼児期に言葉を習得しようがない。。。。

関係ないですが、また失業が決定しました、斜陽業界を渡り歩いているのはラカンの分析では○○界が見えていないということになるのでしょうね(泣き笑い)

投稿: 遊星人 | 2010年12月 3日 (金) 22時05分

「暗黙知」は実体ではなく概念ですから、文脈によって指し示す内容は異なるでしょう。
文脈とは「目的」のことですが、何を語りたいかによって「暗黙知」の定義が変わるというか・・・
マダニの反応と共通の要素が人間にも見出すことができるのであれば、その要素を「暗黙知」というのは有りなのかもしれません。

いずれにしろ、何でも「暗黙知」だと言ってしまうと、何も言ってないのと同じことで、概念のダクトテープ化は避けなければいけません。
とか言いながら、自分は「何でも宗教だ」などと主張してますが・・・「絶対即相対」というのも最近覚えた言葉ですw

>関係ないですが、また失業が決定しました、

ぼくも自転車操業で、よろよろと足が地面に付きそう・・・

>斜陽業界を渡り歩いているのはラカンの分析では○○界が見えていないということになるのでしょうね(泣き笑い)

似たようなパターンのダメ男と何度もつきあってしまうような女性は、無意識(象徴界)に制御されてる可能性がある…というようなことを、確か内田樹さんが書いていました…

投稿: 糸崎 | 2010年12月 4日 (土) 01時57分

>ユクスキュルの言うように樹上のマダニが酪酸の臭いと微妙な温度を感知して下を哺乳類か何かが来たことを感知して落下するとすれば、
それがハードウェア実装で、単なる反射として起きること、を「知」の範疇に含めるかというとちょっと微妙ですね、
トラップ的な機械仕掛けとの区別がつかなくないですね、
かといって、人間の行動の殆どが予測可能な反射的行動なのではないか、と感じることも多い今日この頃です(笑)
こういう話題に食いつかずにおれない自分とか、、(爆)
多分アタマの中で何かがピュピュッと分泌されてるだけなのです、、

>関係ないですが、また失業が決定しました、
>ぼくも自転車操業で、よろよろと足が地面に付きそう・・・
僕もあと3年くらいは何とかいける筈、という状況です、

投稿: schlegel | 2010年12月 4日 (土) 10時25分

マダニ方式の制御回路は私でも設計できます、ある閾値を越えるとONになる二種類のセンサーを直列に組んで両方がonになったときに駆動系をスイッチするだけ・・・(笑)
これを複数センサー制御系の最も単純なモデルとすると、閾値が上限と下限の二つがあるだけでもヤヤコシくなります。
センサーがABCの三種類になるとonになっているのが「ABC」「AB」「BC」「AC」「A」「B」「C」と全てoffという八種類のバリエーションが生じてしまいます、これはセンサー側だけでは制御できませんね。

それと、感覚器官は外部情報を捉えるセンサーですがそれぞれ質も意味も異なるバラバラなものですから、それぞれが出力系と直結だと身体はひとつなので競合してしまいますので、優先順位の振り分けで評価を一本化する必要があります。

これを処理しているのが「脳」だと思うのですよね。

しかも、感覚器官は何かの物理値をそのままリニアに神経の興奮度に置き換えているわけではないようで、光の強さも音の強さも対数的に捉えてますよね、高級オーディオのボリュームつまみには減衰量を示すデシベル目盛りがついていたりしますが、あれを見ると聴覚が完璧に対数的なのが分かるし、マグニチュードが対数なのも体感との整合がいいからだろうと思うわけです、つまり、出力系にレベル合わせしているのですね。

それとは別に形状視覚ではフーリエ変換で変化量の大きさで輪郭を強調して捉えていると考えられていますが、予測情報としては絶対量より変異量が重要なのは当然です。

これらを「and」「or」「if」で振り分ける遺伝子由来のプログラムで処理しているとしたらえらい複雑なシステムですが、それでも入出力リアルタイム回路なのでいわゆる「反射」なのだろうと思います。

それでは、学習記憶系の別回路のスイッチが入力系と出力系の間に入るとどうなるかですが、感覚系の学習記憶だとパブロフの犬みたいに外見上はほとんど「反射(条件反射)」になってしまうわけです、つまり、感覚系と出力系の間に介在しているけど優先的に制御できてはいない状態です。

ところが、言語化された記憶というのは身体が読み取れない抽象化された信号ですから、身体とは無関係に動かせるわけで、これによって人類はリアルタイムから解放されて長期予測が可能になったと考えられますが、その代わりにシュミレーションするための仮想時空モデルが必要になり宗教や思想が生まれたとも考えられます。

暗黙知が言語認識以前だろうというのは分かりますが、どの段階を言っているのでしょうかね、言語世界側から説明しようとするのが無理なのかも。。。

投稿: 遊星人 | 2010年12月 4日 (土) 21時06分

>暗黙知が言語認識以前だろうというのは分かりますが、どの段階を言っているのでしょうかね、
知性がロジック回路で表現できたらすでにすごいので、どこに線があるか、そもそも間ってものがあるのかすら判りませんが、
暗黙知で構成される思考が言語認識以前とは、限らないんじゃないかな、

投稿: schlegel | 2010年12月 5日 (日) 11時10分

マダニは「動物」であって「機械」ではありませんが、人間は動物を「機械の例え」で理解しようとします。
いっぽう、機械とは「人間の知=理論」を「物質の例え」に置き換えたものと見ることができます。
そこで、動物と、機械と、人間の知と、それぞれ違うものがごっちゃになり、混乱するわけですw
しかし「違うもの」同士を「違う」として固定してしたままでは、人間の知は進歩しないでしょう。
と言うことが、当然「暗黙知」にも当てはまるんじゃないかと思います。

投稿: 糸崎 | 2010年12月 5日 (日) 23時36分

内田樹さんや松岡正剛氏の説明を読んでみるとポランニーが考えていたものは違うようですね、それまで分からなかったことやできなかったことに対して突然「ん?、これだ!」と解決の途を直覚できる能力、つまり、「ひらめき」や「インスピレーション」で越えられる能力のことみたい、「神の啓示を引き寄せる能力」でもいいけど(笑)

なので、マダニの例は学習ではないので少なくともポランニーが考えていたものとは違いますね。

投稿: 遊星人 | 2010年12月 6日 (月) 14時29分

>遊星人さん

ぼくの記憶でもそんな感じでしたが、あまりのうろ覚えのため言うのをためらってましたw
アイデアというものは、断片的な積み重ねと言うより、体系的に一挙にひらめいたりする・・・というのはぼくもささやかながら経験があります。
それをポランニーはどう説明したか・・・は忘れましたが、いまのぼくはラカンの「シニフィアン連鎖」の概念で何となく理解しているつもりです。
これは分かりやすく言えば「言葉の自動的連鎖作用」で、例えばこの返信テキストも自由に書いているようで、ある法則の必然によって自動的に連鎖し、指先から湧いて出てきます。
科学的なアイデアも、「理論」であるからには自動的な連結作用があり、ワンセットとして意識に登ることがある・・・逆に言えば「シニフィアン連鎖」の源は意識に登る以前の「無意識」にあり、だからこれは「暗黙知」と言えるのかも・・・などという理屈です。

>なので、マダニの例は学習ではないので少なくともポランニーが考えていたものとは違いますね。

ソシュール以後「言語」の概念が大きく変わり、また生物の遺伝子も「言語」であることが分かり、人間と生物を隔てる「知」や「暗黙知」の概念も色々切り口が開かれるのではないかと思います。
まぁ、素人のぼくが好き勝手言っても仕方ないかも知れませんがw

投稿: 糸崎 | 2010年12月 7日 (火) 00時33分

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