« 「キル・ビル」感想tweet | トップページ | 新国立美術館「ゴッホ展」感想tweet »

2010年12月25日 (土)

東京都現代美術館「トランスフォーメーション展」感想tweet

Simg_0094

Sat, Dec 04

15:39 今からMOTで「トランスフォーメーション」展見ます。これ見るには覚悟がいる…自分を分割する覚悟…今日は三分割を試みようw

17:10 MOTトランスフォーメーション、他全部見終わった…「自分の三分割」は失敗…覚悟を上回る内容…穏便に言うなら今の「自分」は現在の現代アートに適応できていない…正直言うと、つまらな過ぎてヤン・ファーブルあたりでマジ吐き気がしたwこう言う自分の「間違った感覚」は方法論的に反省しないと…

17:30 MOTトランスフォーメーションも常設も、映像展示が多過ぎ…立ち喰い蕎麦みたいに急いで立ち見する映像…一点ならまだしも次から次へと…つまらない絵は一目で判断出来るが、しばらく見た映像がつまらなく精神ダメージ受けた場合、誰が責任を取るのか⁈なので映像は全スルー‼この自分も反省します…

17:42 まぁしかし、MOTトランスフォーメーションは見て良かった…自分がいかに現在の現代アートの波に乗り遅れ、勝手に時代錯誤してたのかが良く分かった…まぁ、つくづく愚かでしかないよね…十分に反省します。そして…信仰します!現代アートを‼方法論において‼‼

17:52 いや、まぁ意識と慣れの問題かと…観客の皆さんは喜んで見てたようでした。映像も皆さんまったりと楽しんでるようでした。ぼくはこらえ性が無いのかもw RT @hwtnv そ、そんなに酷いのでしょうか

18:00 お、反省したら「自己分割」出来た…w

23:13 深川ラボのオープニングで元木みゆきさんに会って、TAPギャラリーの一周年記念パーティー…ちょい飲みすぎw

Sun, Dec 05

01:12 返信遅れた…心から反省する自分、形式的に反省する自分、反省しない自分、の三つです。@akakeem 三つの視点で鑑賞なさるということでしょうか?

01:19 「反省」とは自分を変えることであり、心から変わった自分、形式的に変わった自分、変わらない自分、の3つの視点ですね。結局「変わらない自分」のまま鑑賞し、その後で「形式的に変わった自分」によって「心から変わった自分」が反省しましたw RT @akakeem

16:52 昨日MOTトランスフォーメーション見て腹が立ったのは、自分の意思や努力とは無関係に世の中が動くのを、目の当たりにしたからだろうか?自分が正しいと思ってする事など、全く虚しいのである。と、パスカル読みながら思ったw

17:02 自分の意思や努力とは無関係に変化するものを「自然」と言い、自然の前に個人の存在が虚しいのは当たり前である。自分がコントロール出来ず、翻弄される自然に対して恨むことは虚しく、むしろ祝福し、観察することが有効である。

17:17 10月に見に行った瀬戸内国際芸術祭は、大勢のツアー参加者と一緒だったので、気が紛れて「虚しい自分」に対面しなくて済んだのかも…もし、トランスフォーメーション展の様に一人で行ってたら、同じようにブチ切れてたかもしれないw

17:25 「世界」に拒絶された「虚しい自分」にできることは、「世界とは何か?」を知ろうとする事のみである。と、言うわけで「芸術とは何か?」を知ろうとしなければならない。しかしこの場合の「芸術」は、一つではなく、おそらく三つに分割されるだろう。

17:39 芸術に限らず「正しい答えは一つ」だと思うと行き詰ってしまう。しかし「正しい答えは無限にある」と考えると収集がつかない。だから「正しい答えは三つ」とするのが丁度良いw つまりラカンの三界の応用で「想像界の正しさ」「象徴界の正しさ」「現実界の正しさ」の三つである。

17:55 「方法論的反省」は、ラカンの三界の応用で「心からの反省=想像界」「形式的反省=象徴界」「反省しない自分=現実界」に三分割される。反省しない自分は、形式的な反省を経て、心からの反省に至る。この時系列の変化を同時保存し続けるのが「方法的反省」なのである。

19:13 「ラカンの三界」の応用の一つに「想像界」をさらに三界に分ける方法がある。斎藤環「生き延びるためのラカン」にある、想像界=パソコンモニター、象徴界=プログラム、現実界=パソコンハード、と言う例えがそう。人間にとって認識可能な「想像界」に属するパソコンを、さらに三界に分けているのだ。

21:02 ぼくが言うラカンの「想像界」「象徴界」「現実界」は、彦坂尚嘉さんの言うそれとは関係なく、あくまで自分のために勝手に考えてるだけ…ラカンも斎藤環など入門書しか読んでない。原著を読んでる彦坂さんの「三界」はアレンジがキツくて難解過ぎ。ぼくのは入門レベルでやさしいかも?

21:47 ぼくのTwitterは「小説」なんだから、たまには小説らしい事書かないと…だが小説とは「小説らしい文章」を意味するのか?などと、根源的に考える事は「方法論的反省」においてもうやめよう。すなわち「小説らしい文章」こそが「小説」なのだ。と、またしても小説らしくない事を書いてしまったw

21:57 さっきの小説の問題を「芸術」にシフトすると、「芸術」とは「芸術らしい作品」を指すのであり、そう定義すると、「芸術とは何か?」の問題は、「芸術らしさとは何か?」の問題に置き換わる。

22:22 ぼくは「芸術とは何か」を重視し、意図的に「芸術らしさとは何か」を蔑ろにしてきた。その意味でぼくは中途半端だったと言える。しかし写真については、「写真とは何か」とは別に「写真らしさとは何か」を追求し始めている。これを「芸術」にも適用することが必要だ…

22:34 MOTトランスフォーメーション展も「芸術とは何か」の視点で見たおかげで文脈を見失ったのかも…恐らくあの展示は「芸術らしさとは何か」の視点で企画され、そう思うとしっくりくる。観客もみな「芸術らしさとは何か」を堪能してたのではないかと思う。ぼくもそうすれば良かった…w

22:48 「芸術とは何か」はへそ曲がりの態度であって、大抵のものには満足せず、何にでも腹を立るw 対して「芸術らしさとは何か」は素直な姿勢で、トランスフォーメーション展も「芸術らしい作品」が厳選されてるのだから、素直な気持ちで接すれば十分に楽しめるはずなのだ。

|

« 「キル・ビル」感想tweet | トップページ | 新国立美術館「ゴッホ展」感想tweet »

アート論」カテゴリの記事

展覧会鑑賞」カテゴリの記事

思想・哲学・宗教」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/204678/38207730

この記事へのトラックバック一覧です: 東京都現代美術館「トランスフォーメーション展」感想tweet:

« 「キル・ビル」感想tweet | トップページ | 新国立美術館「ゴッホ展」感想tweet »