« 誤植と悟り | トップページ | 極端と中庸 »

2011年6月 5日 (日)

写真の歴史は美術の歴史

Sdscf4055

Tue, May 31

17:31 近所の図書館で『大系世界の美術』全巻ざっと見終わったが、美術の歴史とは何のことはない、それ即ち「写真の歴史」だった…!という事にようやく気付いた。これも最近自分で「写真」を撮るようになった事の効果と言えるかもしれないw

17:35 現代の写真術が発明される以前、人々は仕方なく手で「写真」を描いていた。だから写真術の発明以前から「写真」は存在し、美術の歴史とは即ち「写真の歴史」なのである。

17:43 画家は目で見たものを心に浮かべ、それを描く。画家は目で見たもの以外、描く事ができない。つまり全ての絵画は「写真」なのであり、例外は存在しない。いや例外をあぶり出すには「例外はない」と方法論的に断言する必要があるw

17:47 カメラで撮った「写真」は簡単に嘘を描くが、画家は目で見たもの以外に描くことができす、従って嘘を描く事ができない。

17:52 全ての絵画には「写真的真実」が現れている。画家がどんな嘘やデタラメを描いたつもりであっても、その原理から逃れる事は出来ない。

18:05 画家の能力とはデジカメの性能の様なものである、という事がPENTAX645Dを使ってみて改めて分かったw というか、画家をそれぞれ「デジカメだ」と思って見るのは面白い。ダヴィンチとルノアールでは画素数はもちろん、画像処理エンジンがずいぶん違うとか…w

18:46 最近までのぼくは「写真が絵画の真似をするのは馬鹿らしい」と思ってて、ホルガ的な写真にも否定的だっんですが、そうじゃない事がだんだん分かってきましたw RT @nonojinahito 印象派はホルガですね。

02:26 美術史に限らず、歴史という光は現在から過去へと逆向きに照射される…RT @qoke_07: 絶対逆w RT 画家の能力とはデジカメの性能の様なものである、という事がPENTAX645Dを使ってみて改めて分かったw というか、画家をそれぞれ「デジカメだ」と思って見るのは面白い

|

« 誤植と悟り | トップページ | 極端と中庸 »

アート論」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 誤植と悟り | トップページ | 極端と中庸 »