« 思い込みともの忘れ | トップページ | 国家と生物のイデオロギー »

2011年7月23日 (土)

人を見たら虫と思え

カブトムシもクワガタもヤガ達も、虫はみんな自分を虫だと思わず人間だと思い込んでいる。
そして人間だけが、自分が虫である事を自覚出来る。

人を見たら虫と思え。そうすれば誰にも裏切られず、失望せず、全員を愛する事ができる。
人を虫だとどうしても思えない人は、自分もまた虫である事を自覚できないのだ。

目の前を歩いていた若い女性が、急に何かにたじろぐようなポーズをし始めた。
何かと思ったら一匹のモンシロチョウが彼女の周囲を飛んでいる。
自分も虫なんだから、そんなに怯えなくて良いのに…と思うけど「自分の中の虫」に無自覚な人ほど虫を毛嫌いする。

自然大好きで虫は可愛いけど、都会やそこに暮らす人びとは大嫌い、などと思うような人は基本的な錯誤をしている。
虫だって人間なのと同様に、人間だって所詮は虫なんだから、どちらも可愛いと思って愛せば良いのである。

他人は虫で、自分もまた虫なのだ。
という認識があるからこそ、その「輪廻」から、またはその「原罪」から逃れようとする(呪術を脱した)宗教的意識が生じる。

橋本治が『宗教なんかこわくない!』で書いてたように、例えば元オウムの上祐さんでであっても決して怖がる必要はない。
そもそも人間は誰でも特定の「宗教」に知らないうちに縛られており、その事を自覚しなければ「宗教の自由」は得られない。
「宗教」とはつまり「虫識」であって、それに無自覚な人ほど拘束され自由を失っているのだ。

役人の仕事とは、言ってみればモンシロチョウの幼虫がキャベツの葉っぱだけしか食べないのと同じ。
民間企業だったらキャベツの葉が不足するとナスの葉を食べるようになるのだが、役人はそれを絶対しない。
モンシロチョウの幼虫にナスの葉を食べさせることはできないから、あきらめるしかない。

|

« 思い込みともの忘れ | トップページ | 国家と生物のイデオロギー »

思想・哲学・宗教」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 思い込みともの忘れ | トップページ | 国家と生物のイデオロギー »