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2011年9月 2日 (金)

彦坂尚嘉とタムラサトル


横浜市で開催中のアートイベント「新・港村」に壁画を描く予定の彦坂尚嘉さん。 を取材しようと思った矢先、友人のアーティスト、タムラサトルさんを見つけてしまったという、グダグダ動画w

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コメント

あっちの方では、白熱してしまい申し訳ありません。
理屈っぽい話は苦手な方が多いようなので、こちらでお話しした方が良いでしょうか?

投稿: schlegel | 2011年9月 3日 (土) 09時47分

>科学とエセ科学の違いについて。この両者はハッキリ区別される、と思ってる人はエセ科学にはまっている。というより科学的思考が今ひとつできていない。何事もそう簡単に二分出来るものでは無い、とするのが最近の科学でもあるからだ。

科学というのが公理を出発点とする閉じた狭い論理体系なので、区別は仰るよりははっきりできる場合がありますね。
ステートメントとして真であるかは別として、言い切れないことを言い切っている場合には科学的なステートメントとは言えず、そうしたステートメントによる論理体系を構築しようとする活動を疑似科学と呼んでいます。そういう意味では宗教も疑似科学だし、原発神話も疑似科学なのです。

投稿: shlegel | 2011年9月 3日 (土) 23時31分

記事に関係ない話ですみません。

投稿: schlegel | 2011年9月 3日 (土) 23時40分

もういちど考え直してみると、科学的活動には、事実としての再現性に基づいて閉じた系を新たに構築しようとしている活動も含まれる、というか殆どの科学者の活動はそこを目指していると言えるので、おっしゃるように疑似科学との区別がつきにくいことはあるかもしれませんね。仮説・検証によって論理体系を拡張しようとしてるわけです。仮説に実証の余地がある場合、そこを疑似科学と呼ぶかどうかは難しい判断になりえますね。賛否両論のある理論も数多いですし学問分野として成立していても共通認識として多くのことが言えていない分野もある。前者の例としてはプリオン説はノーベル賞は取ったけど批判も多い、常温核融合のように多くの科学者が注目したけど結果として再現性がなく棄却された話もありました。後者の例としては進化論(進化学)とか。で、バスビーさんの主張は、、だいぶ苦しいと思います。

投稿: schlegel | 2011年9月 4日 (日) 00時10分

即座に疑似科学認定できる例としては、永久機関、があります。

投稿: shlegel | 2011年9月 4日 (日) 00時15分

すみません、遅れましたが新しく記事を書きました。

投稿: 糸崎 | 2011年9月 4日 (日) 10時14分

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