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2011年11月

2011年11月19日 (土)

二重規範で行こう!

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小室直樹の本読んで知ったのだが、『論語』に書かれた「君主」に対する「小人」とは器の小さい人とかではなく「庶民」の事。
そして君主には厳しい規範が課せられ、小人(庶民)には緩やかな規範が課せられるべきだと説いている。
この「二重規範」を理解しないと読み誤る。

儒教の「二重規範」という概念はなかなか使える。
規範が一つだと他人との衝突は必然で、これを回避するには二重化すればいい。
すなわち、自分に課した厳しい規範を、他人には課さないこと。
「自分に厳しく他人に甘く」の二重規範で、あらゆるトラブルは回避できる。

自分自身に高い規範を課すのは向上心によるが、他人に同様の規範を求めるのは甘え心でしかない。
自分自身により高い規範を課すに従い、他人への期待度は低くなる。

仁義や責任の観念のない人に、仁義や責任を説いても無駄である。
そのような人々については「微笑ましい」と解釈し赦すのが、お互いの為になる。
仁義や責任は自分に課すものであり、まず他人に求める態度は間違ってる。

仁義や責任は、それを引き受ける能力のある相手にしか求めることはできないし、そもそも自分にその能力があるかどうかを問わなくてはならない。

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東日本女子駅伝tweet

Sr8599218b
Sun, Nov 13

06:29 なぜか今福島駅前ですが、自分でも何しにきたのかよくわかりませんw

06:48 福島駅前は朝っぱらからタッタカ走ってる女の子がいて微笑ましいねw

08:46 今、どういう訳か東日本女子駅伝の折り返し点あたりにいますが、空間線量平均0.7マイクロくらいで、東京の5倍程度。今日は地面も湿ってるし土埃がまったりする心配もなさそうです。(さっき桁を間違えて投稿したので訂正)

08:49 どういう訳か紅葉を意識して写真を撮ったことがないのです。今、周りが果樹園だらけの田舎に来て途方にくれてますがw“@RED7TULIP: いたたまれなくて、、?そちら紅葉は、されているのでしょうね。関西は未だなのです。今日も暖かくなりそうですね。”

11:32 自分たちが住んでいるところで、いつも通り開催されるだけなのに、危険だの中止だの外野からヒステリックに反応されてもウザイしシラケるわ。という気持ちも理解できるし、それを肌で感じる為にも現地に来た、と言えるかもしれない。

11:32 福島に来て思うのは「駅伝開催が普通」と「駅伝中止が普通」のように、世間で言われる「普通」が二重化し、客観的にどっちの「普通」が間違ってるなどと言えないのでは?と言うこと。

11:32 ぼくとしては客観的な中立の立場(という幻想)ではなく、極端な反対意見に振れながら自分なりの中庸を探って行きたい…

12:39 て言うか、目をつけてた撮影ポイントに入っちゃいけないと言われた、ピンチ!w“@QJN: 糸崎さん itozaki のツイートを読んでいると福島に行きたくなる。”

14:14 駅伝はあっという間に終わったけど、撮影はあんまり上手くいかなかったかも…選手は思った以上にビュンビュン速いし、撮影場所を選ぶのにも失敗し…アドリブとタイミングものに弱い点を克服しないと。でもまぁ楽しかったですが。みんなも楽しそうだったし。

14:15 駅伝終了後、線量測ってる女性がいたので話しかけたら、逆にいろいろインタビューされてしまったw計測値は平均約0.5マイクロで、朝測った0.7マイクロより低く変動がある。

14:15 何か壮大な計画が徒労に終わった感があるけどw、今回も普通の福島が見られて良かったかなという感じです。

14:15 そして奥羽本線を逃したので福島まで歩く…それも楽しみのうちですが。

14:49 ありがとうございます。まぁ本来、撮るより歩く方が仕事みたいなもんですからw“@junyahashimoto: 庭坂からですか?路線バスも1時間に2本位あります。福島の2駅間は結構ありますよ。”

15:18 お役に立ったようで良かったです。ぼく自身はちょっと失敗で落ち込んでたのでw“@lukaniko: 今朝からの一連のツイは本当に興味深かったです、素晴らしい投稿と試みだと思います。ありがとうございます。”

15:22 いや、写真がちょっと失敗、考えはちょっと進みましたw“@lukaniko: そうなんですか? 中庸な立場に立たれての意見にとても共感を覚えました。糸崎さんがリツイートされたツイートにも深く納得しました。”

16:25 いや、今日中に鈍行で帰らないと…いま福島製鋼すぎたあたりです。“@moscow_91: お疲れ様です。福島駅西口に銭湯がありますので汗を流してください(^^: RT そして奥羽本線を逃したので福島まで歩く…それも楽しみのうちですが。”

17:31 結局、駅伝の折り返し点から庭坂を経由して福島まで歩き、各停黒磯行きに間に合いました。駅伝コース辿りたかったですが、それだと帰れなさそうだったので…

21:38 今日の撮影失敗の原因は何だったのか?を帰りの電車内で考えてて、そもそも駅伝とマラソンの違いを理解してなかったことに思い当たった。何か釈然としない気分でいたが、駅伝はマラソンと違う、これ豆なw

23:13 やっと西国分寺に帰ってきた。ビデオ返しにイカNight.

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デュシャンと神様

Sr8599281
●宗教上の神様とは、子供の「ぼくがかんがえたすごいかいじゅう」みたいなもので、お互いの考えた「すごいかみさま」がエスカレートし、その結果「ひとりだけのすごいかみさま」と「かみさまよりすごいりんねこえたひと」の二極が見出された。

●「すごいかみさま」のすごさは、人類の長い歴史を積み重ねによって見出された高度なすごさだから、なかなか簡単には理解できないし、普通には想像すら出来ない。だからお手軽に「あんまりすごくないかみさま」で代用したり「かみさまなんていない」で済ませたりする。

●今はもう、宗教の時代はとっくに終わってるが、芸術とは「すごい」を扱う分野であって、だから同じく「すごい」を扱う宗教や神様の問題が気になってしまう。

●強い精神の持ち主が、弱い精神の人間を打ち負かすように、より強い社会はより強い<神>を必要とする。強い<神>を持つ社会は、体がボロボロになっても精神だけは明晰に統一される。

●人間の手足は、いわば精神の言いなりに奴隷となって働く。もし手足に精神が宿り自己主張を始めたら、多細胞生物として成り立たず個体が死んでしまう。同じく人間社会も、各自が自己主張すると集団として成立せず皆滅びてしまう。だから「精神機能の外部化」としての<神>が必要になる。

●アフォーダンス理論の本だったか、脳は司令塔ではなく反射鏡のようなものだと書いてあった。だとすれば、脳機能の外部化である<神>とはそれ自体が司令塔なのではなく、人々の想いの反射鏡だと言えるかもしれない。

●デュシャンのレディ・メイドの「任意の選択」って、旧約聖書の預言者や、新約聖書の使徒の「任意の選択」と重なってるのか…あっちじゃ当たり前過ぎて誰も話題にしないのかも?

●デュシャンは神様でもないのに任意の物体を「芸術」として聖別したりして、そんなキリストのような行いに、当時の人は驚いたり恐れたりしたのか…さすがに死刑にはならなかったが、永遠の命は得たっぽい?

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無力感とクリエイティブ

Sr8599274

●万能感より無力感の方がクリエイティブ。
自分が知りたいのは、自分がいかに無知無能かという「事実」。それを知るためにはひたすら読書し、積極的に行動する必要がある。そして実際それができない自分に絶望し「事実」を知ることになる。
昨日は自分の無能さがとことん実感できた良い一日だった。と、毎日言えるようになりたい。
自分の無力さを噛みしめることで、ほんの少し有能になれる。

●「事実」を隠蔽する事で成立するタイプの幸福がある。
無知無能という事実を隠蔽する事で成立するタイプの「有能さ」がある。
勉強しない人は「無知な自分」に向き合わずに済むし、新しい行動を起こさない人は「無能な自分」に向き合わないで済む。そして今の自分がそこそこ有能で、まぁまぁ幸福だと満足することができる。
自分の不幸を自分のせいだと自覚できれば、不幸は克服できる。自分の不幸を他人のせいだと思えば、いつまでも不幸な自分に浸ることができる。
無関心が生み出すタイプの幸福感や有能さが存在する。

●『7つの習慣』がなかなか身に付かない。と思ったけど、あれは人格改造の本なので実際すごくタイヘン。しかし自ら改造人間にならなければ、この先生きのこれない…
自分を取り巻く状況から距離を置けば、最優先事項が見えてくる。
自分の寿命を小さく捉え、世界を大きく捉える視点によって、最優先事項が見えてくる。
疲れてなーんもする気が起きない時、まさに「自分」からの攻撃を受けているのである。

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子供と自己責任

Sr8599267

●人間、話せば分かる。伝わらないことが。

●「みんなが大丈夫」ってるんだから大丈夫、と判断する人に差し出がましいことは言えない。

●「自己責任」を判断力のない子供に求めることは出来ないが、人様の子供に対しても差し出がましいことは言えない。北野武監督『菊次郎の夏』観て感動したけど、どんなにつらくても結局は大人になった本人が引き受けるしかない。親を恨んでも運命だから仕方がない。

●人様の子供がいかに不幸になろうとも、自分のせいではない、と言うことはできない。「無力」な分、責任の一端は自分にもある。

●子供に安心を与えたい大人は安心を求め、子供に真実を教えたい大人は真実を求める。

●いちばんの「善意の悪魔」って誰なんだろうか?

●ロダンの「考える人」は考えるフリをしている、だって彫刻だし。そして、ロダンの彫刻のように、考えるフリをする人たちが存在する。

●「他人のため」と口にすれば、実際に誰の役に立っていなくとも自己満足できる。

●猿の毛繕いのように、お互いを認め合う人達が存在する。

●「初心者向け」とか「入門者向け」って、時として「偏差値が低い人向け」とかって意味に使われることがある。

●向上心のない人には、永遠の初心者の座が与えられる。

●初心者に説明するのは好きだけど、向上心のない人に説明すると果てしなく疲れる。

●常識とは、ひっくり返してもすぐ元どおりになる起き上がり小法師みたいなものだが、底面が割れると倒れたままになる。

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2011年11月 3日 (木)

「自分探し」と「もう一人の自分」探し。

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●必要なのは「自分探し」ではなく、自分を救ってくれる「もう一人の自分」探し。
で、結局は自分の手で「もう一人のダメな自分」を救ってやらなくちゃいけないので、けっこう面倒だ。

●昔の友人の内に、変わる以前の「昔の自分」が保存されている場合がある。
或いは昔の友人には「昔の自分」が憑いている場合があり、その気になれば「昔の自分」と対面することもできる。

●先入観は習慣を規定し、習慣は先入観を規定する。

●最も偉大で難易度の高い創造行為は、新たな習慣を創造すること。
創造は発見であり、新たな習慣は発見されるのである。

●都合の良いことに、都合の悪いことは全部忘れてる。
他人の恩を忘れ、裏切られたことだけ覚えてる。

●「自分がこうなったのは親のせい」と思うことは、親を赦す気があるのなら有効な方法論になる。

●赦すことはできても助けることができない…

●他人に対する猛烈な怒りは、実のところそれに対し何ら抵抗出来ない自分自身の弱さに向けられている。

●人間は本質的に「明き盲」で、それを自覚しないと明き盲は克服できない…

●何か言い返さないと気が済まない、と思っている時は、議論に負ける以前に愛の量で相手に負けている。
お互いを想う気持ちで相手に圧勝していれば、もはや何を言われても気にならないハズ。

●東電にも日本政府にも人間としての意識、責任能力がないから自然災害扱いするしかない。クマに襲われたりハチに刺されたりするのと基本は同じ。

●政府や東電に文句を言う前に、人のふり見てまず自分を変えよう。
そうすれば、言うべき事の内容も変わるはずだから。

●東京電力の社員にはこれ以上の罰を与える必要はない。
なぜなら東京電力の社員でいることが既に「罰」なのだから。
畜生道に落ちた畜生が四つ足で這い回り糞尿を垂れ流しながら幸福そうな顔をしてるのを、人間がうらやむ必要はない。
給料も退職金も、満額支給されれば良い。

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ヴィクトール・フランクル『夜と霧(新版)』

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●『7つの習慣』で紹介されてたヴィクトール・フランクル『夜と霧(新版)』読んだ。

●収容所の被収容者は自分の「位置」を確認するためのアフォーダンスをことごとく奪われるが、そのような状況の中で「自ら与えるアフォーダンス」が見出される。

●人間は動物的アフォーダンスだけで、自分の「位置」を把握することは出来ない。

●人間は「自分はどこにいるのか?」という「動物的位置」を確認し続けると同時に「自分は誰なのか?」という「人間的位置」を常に確認し続ける。

●動物的な「知覚」が終わらないのと同様に、人間的な「自覚」も終わることはない。

●人間には「知覚のアフォーダンス」と「自覚のアフォーダンス」と、二つのアフォーダンスがある。

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衒学趣味

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自分が読めないような、学術書的な難解なスタイルで書かれているブログ記事を見ると「こんなのは衒学趣味に過ぎない」と思ってしまう。
しかし冷静に考えると、読んでもないのにそう判断するのは根も葉もない「習慣的思考」に過ぎないことに気が付く。

自分が読めないような難解なスタイルで書かれている文章は、果たして本当に頭の良い人が書いてるのか?
それとも格好付けで虚仮威しの衒学趣味に過ぎないのか?
その判別方法は、ちょっと無理して一行ずつ自分の分かる言葉に翻訳しながら書き出してみること。
衒学趣味の文章はものの見事にスカスカになる

分かりやすい哲学の入門書は、デジカメに例えるとデータが見やすく美しく圧縮されており、どのパソコンでも見ることができる。
それに対して原著は(例えば今ラカンの『無意識の形成物』読んでるのだが)無圧縮のRAWデータで、読んでも現像ソフトが対応してないからチンプンカンプンなのである。

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中央公論社『世界の歴史1・人類の起源とオリエント』

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●中央公論社『世界の歴史1・人類の起源とオリエント』読んだがそれによると「文明」とは「国家」という政治機構を持った社会とその文化の事である。

●道具が「身体の外部化」だとすれば、「政治」もまた身体の外部化だったのである。

●農業を可能にする「国土」と政治機構を有する「国家」というシステムは、すなわち植物やサンゴ虫の持つ「光合成機能」の外部化なのである。

●「国家の違い」とは「植物の種類の違い」と同じなのである。

●文明社会の中では、様々な文化が並存し、重複する。
文明という「大きな身体」に保護されながら「様々な文化」という小さな身体が発生し生育する。

●都市とは「人間の巣」ではなく、外部化された人間の身体そのものなのである。

●人間の脳の機能が道具として外部化されると、それは<神>となる。

●<神>を持たない社会は、脳を持たない多細胞生物と同じ。
それは危険な兆候なのか、実は違う形での<神>を持っているのか、或いは動物的とは異なる植物的社会のあり方なのか…?

●文字が人間の脳機能の外部化なのであれば、同じく脳機能の外部化である宗教的<神>の発生と連動していることに納得できる。

●人類の歴史450万年、現生人類の歴史が10万〜20万年に比べ「文明」の歴史は数千年に過ぎない。
ということは「時間」の概念は恐らく文明の産物で、時間は本質的に「短縮」の意味を含んでいる?

●文明以前に「時間」の概念は無く、つまり時間にこだわる意味が無かったのである。
文明によって見出された「時間」の概念には必然的に「短縮」あるいは「加速」の意味が含まれていた。

●「時間」の概念を持ち、時間のスピードをコントロールする術を持った文化を「文明」と呼ぶ?

●全生物に共通の「生態的常識」というのがある。

●古代アッシリアの「神アッシュル」は「土地アッシュル」の神格化であり、つまり知覚のアフォーダンス(大地のアフォーダンス)と自覚のアフォーダンスが重ね合わされている…

●次いで古賀茂明『完了の責任』読んだが、国家の政治機構が「人間精神のあり方」の外部化(道具化)だとすれば、官僚が腐ってるのと同様、自分の精神も腐った部分を抱えてるはず。
自分自身の腐敗を棚に上げて、官僚の腐敗を責めても何も解決しない。むしろ自分が悔い改めれば、官僚を責める必要はなくなる。

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内村鑑三『後世への最大遺物・デンマルク国の話』

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●キリスト教のお勉強しようと思って、内村鑑三『後世への最大遺物・デンマルク国の話』(岩波文庫)読んだが、ページが少なく内容は濃く、読書が苦手な人にはお得。
前半の「後世への最大遺物」は金儲けの秘訣が書いてあるビジネス書だった⁈
資本主義の起源はプロテスタンティズムにあるから、当たり前と言えるかもしれないが・・・
その内容を超要約すると「儲けようと思ったら“立派な人”になること」で、現代のビジネス書『7つの習慣』の主張と共通している。

●金儲けの上手い人は、金の使い方が下手な人たちから金を集めるのが上手い。

●ごく一部に存在する金の使い方が上手い人に向けての商売が、ごく一部に存在する。

●子供の頃、乾電池2本で駆動する戦車のプラモデルに乾電池6本つなげたらすごいスピードが出て喜んでたら、ほど無くモーターが焼け走行不能になった。
宝クジで大金を手にした凡人が破滅するのも同じ原理。
大金を使いこなすにはモーターや足回りの強化し、それに見合った人格を形成する必要がある。

●金の使い方が上手いのに金がない人は、電池6本仕様なのに電池1本で走ってる車のおもちゃと同じ。
金があっても金の使い道を知らない人は、電池1本仕様なのに電池6本繋げた車のおもちゃと同じ。

●内村鑑三的に言えば、金の使い道を知らない人たちが金を溜め込み過ぎてオーバーヒートした挙句に爆発した、そんな時代が現代日本。

●後半の「デンマルク国の話」によると、かつて戦争に負け国土を奪われたデンマークの国民は、荒れ野に木を植え農業畜産を復活させ富を得た。
さて現在の日本は…と考えると、もはや同じ方法論は通用しないのだった。

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プルトニウム文化元年

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●歴史年号がピンと来ない人は金額に置き換えると分かり易い、と言った人がいたが、紀元前を遺産の残金、紀元後を自分で稼いだ貯金に置き換えるとさらにわかりやすいかも?

●人類の出現残金450万円、現生人類出現:残金20〜10万円、最古の縄文土器:残金1万円、エジプト第一王朝:残金3千円、ソクラテス死去:残金399円、キリスト生誕:残金1円…と遺産を食いつぶした翌年から自分で働いてコツコツ貯金して、今年ようやく2011円貯まった!

●そして我々のお小遣いは100円もらえればかなりいい方…“@shure_geru: ビッグバン150億円、地球誕生45億円、生命誕生30億円くらいwデカイ金額はどんぶり勘定なのもイイですねw”

●プルトニウム半減期2万4千円は、縄文文化1万円+2千円の倍…今年からプルトニウム文化の始まりですw“@shure_geru: なるほど、、中国4千円の歴史はすごいのかそこそこなのか微妙な気がしてきましたw”

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2011年11月 2日 (水)

残金で見る人類史

*自分のメモ用に並べてみました。

アルデピクテス・ラビダス:残金440万円
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アウスロラロピテクス・アファレンシス:残金370万円
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アウストラピテクス・アフリカヌス:残金290万円
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ホモ・ハビリス:残金240万円
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ホモ・エルガステル:残金180万円
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ホモ・エレクトス:残金150万円
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ホモ・ネアンデルターレンシス:残金20万円

ホモ・サピエンス(クロマニヨン人):残金4万円

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