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2012年3月 5日 (月)

「ゼロ次元」とは

今日は18:00からLIXIL GINZAで「第21回アートスタディーズ」があるのですが、その前に予習です。

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ゼロ次元

ゼロ次元(ゼロじげん)とは、1960年代から1970年代初頭にかけて活動していた前衛パフォーマンスアート集団。「人間の行為をゼロに導く」をコンセプトに過激な全裸パフォーマンスを繰り返したことから、ネオダダ九州派時間派といった当時の反芸術運動の中でも最左派に位置づけられる。「儀式集団・ゼロ次元」(ぎしきしゅうだん・ゼロじげん)とも。

概要 

多摩美術大学油絵科卒業後、公立中学校で美術教師をしていた加藤好弘1936年 - )や岩田信市を中心として、1960年(1958年との説もある)に愛知県名古屋市で結成。

1963年元旦に同市中区名古屋国際ホテル前にて、全員が道路に腹這いとなって行進するなどのパフォーマンスを行い、地元では一目置かれる存在となる。翌年には「なにを出しても、なにをしても可」をスローガンに、愛知県美術館で企画展「日本超芸術見本市」を実施する。

その後、加藤が活動の幅を広げるべく東京都内に電気会社「ゼロ次元商会」(社員全員が「ゼロ次元」のメンバー)を設立し、連日のように仕事の後、「儀式」を行うようになる。特に、防毒マスクを着用し全裸のまま行進する「全裸防毒面歩行儀式」(新宿紀伊國屋書店前にて)、都電を貸し切り、車内で紐で縛った全裸の男女を乗せたまま走らせる「電車内寝体儀式」をはじめ、反社会的行為は週刊誌などにも大々的に取り上げられ、アート・テロリストとして世情を賑わせていた。

日本万国博覧会(大阪万博)が行われる前年の1969年初めには、秋山祐徳太子告陰ビタミン・アートクロハタなど他の前衛芸術集団らが参加し、反万博団体「万博破壊共闘派」を立ち上げる。当時学園紛争で騒乱の最中にあった、京都大学講堂屋上にて全裸のパフォーマンスを展開するが、これがマスメディアに報道されると官憲の知るところとなり、加藤以下演者が軒並み逮捕される。なお、この「儀式」の後、万博会場に全裸で突撃する予定であった。

加藤らの逮捕後、全国で300人以上のメンバーを擁していた「ゼロ次元」も活動を終息せざるを得ず、1972年以降は休止状態となる。

時代状況から政治的側面が強調されるあまり、これまで現代芸術史(とりわけ前衛芸術において)ではほとんど「ゼロ次元」の活動が検証されることがなかったが、近年においては黒田雷児椹木野衣らによって再評価されつつある。

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ゼロ次元とは何かというと、60年代から70年代初頭にかけて集団で街頭に繰り出し、全裸でパフォーマンス(当時はハプニングと言った)を繰り広げた謎の組織で、「芸術」という言葉がなかったら、オウム真理教やスカラー波のパナウェーブ研究所なんかと区別がつかない狂った変態的な美しい行為をやっていた集団なのです。

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下の画像のようなゼロ次元は、わたしも、東京、神田にあった神話化された内科画廊で見て度肝を抜かれそうになったことがあった。

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「ゼロ次元」の一コマをご紹介します。収録された作品は、全てモノクロ写真。カラーの印刷物が溢れかえっているせいか、かえって新鮮さを感じました。
 

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2009/7/4(Sat)
Collaboration with ゼロ次元+石井満隆+小倉良博@Super Deluxe(西麻布) [ゼロ次元×石井満隆]

 

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●「芸術至上主義」の側面――ゼロ次元  
1936年生れの加藤好弘が率いるゼロ次元は、加藤の母校、多摩美術大学でシンポジウムと《儀式》を行なった。シンポジウムでは針生一郎が「日常的行為の中にこそ、芸術が隠されている」とゼロ次元を高く評価したことが印象的だった。《儀式》は多くの学生が参加し、特に「鰐鮫」=男性が増え、「兎」=女性が歩行する距離が長くなったことで迫力が生れた。テロリズムとはテロを「受けた」側からすれば突発的な事項であるが、「する」側は綿密な計画を要する。ゼロ次元が「テロ集団」であるとすれば、その計画性の緻密さを評価すべきであろう。決して「偶然」や「思いつき」ではないのだ。

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で、いよいよゼロ次元の登場です。 っていっても、コスプレ姿で乗り込んできたオネエチャン数人が下着姿になり、ガスマスクを着けて床をはいずりまわる。ボスの加藤好弘がなにかやるのかと思ったら、サーカスの団長みたいに「ハイっ、ゼロ次元でゴザイマス。”ジョタイ”には手を触れませんように」などと……。まるで「見せ物小屋」の現場。

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ゼロ次元 -加藤好弘と60年代: 平田 実: 本

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1958年頃より活動を開始した、日本のハプニング集団。主宰者は加藤好弘。 全国に300人以上のメンバーがいるとしたが、緊密に結束したグループではない。人間の行為をゼロ時間=無為へと導くと主張して活動した。62年の「集団混合図式――踊る男の0時間」や63年の「ナンセンス儀式」(街頭でメンバー20名が四つん這いになってのデモ行進)、「女体試食会」などもっぱら性的タブーに触れるようなアナーキーな月例「儀式」活動を、街頭で行なった。69年からは大阪万博粉砕を叫び、全国で学園闘争と連動しながら儀式としてデモ活動を行なった。しかし、70年に主宰者が「猥褻物公然陳列罪」で逮捕されると、その活動は急速に終結していった。ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズや九州派、時間派と並んで「反芸術」の旗手とされるが、実際、最も過激で「反逆的」あったのはこのゼロ次元であろう。

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 先日、ご紹介した「ゼロ次元」の中から、もう一コマ。かなり過激なパフォーマンス。逮捕者が出たとのことですが、仕方ないでしょうね~。60年代・・今と比べると元気があったかな、と思います。

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ゼロ次元 加藤好弘と六十年代
平田 実 著
定価2,520円(本体2,400円)

内容紹介
60年代後半から70年まで街に防毒マスクと全裸で登場するなど、世間のド肝を抜くパフォーマンスで伝説となった反・芸術集団ゼロ次元の軌跡を平田実の写真によって辿る記念碑的一冊。

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京都大学教養学部本館屋上での ゼロ次元のデモンストレーション(部分) 出典=『アサヒグラフ』1969年7月4日号 (朝日新聞社)

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2001/06/26 - 2001/07/14
加藤好弘「立体夢タントラ装置」(襖絵マンダラ)

今展に向けて加藤が作り出したのは、日本の和室のように襖絵に囲まれた部屋です。その襖絵には現代の東京の女性の官能的な夢物語が極めて直接的で強烈な描写で施されています。加藤は観客を取り囲むこの襖絵を立体版タントラ(マンダラ)と名付けました。そしてこの部屋の中に入った観客を、夢と現実の垣根が外れたあたかも「トリップして見えるような心的世界」に誘おうとしています。この襖絵の部屋は観客の身体がキャンバス面となるような体験をさせるシミュレーション装置となるのです。天性のアジテーター、加藤は衣食住と保身のみに生きている現代人に対してインドの教えにあるように「人間に生まれるのは三千年に一度」なんだからと警鐘を鳴らし続け、この飽食した社会に対し創造霊界の場所を設定したと言います。

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