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2012年5月 8日 (火)

創造的自殺と生ける屍

ロラン・バルトは「作者の死」という概念で「読者(観客)の創造性」を説いたが、実はこれは作者の問題でもあって、「創造的自殺」というのもある。
もちろん肉体的自殺は創造的ではないが、アーティストは精神的自殺でリフレッシュできるし、むしろ「現在の自分」にこだわり続けると、アーティストとして生ける屍となってしまうのだ。

実のところ、アーティストの、アーティストとしての寿命は短い。
アーティストが、アーティストとして生き生き活動できるのはせいぜい5年程度で、以降は次第に勢いが衰え、しまいには生ける屍、ゾンビアーティストになる。
これを防ぐには「創造的自殺」をして、全く新たなアーティストに生まれ変わるしかないのだ。

アーティストのみならず、優れた人間は「創造的自殺」を繰り返し、より優れた人間に生まれ変わり続ける。蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。
これに対し、多くのアーティストは「創造的自殺」によって生まれ変わるよりも、「現在の自分」を大切にし続け、ゾンビアーティストになることを望んでいる。
なぜなら「創造的自殺」は生きること以上の苦痛が伴い、そして生ける屍として存在し続けることは生きることより楽なのである。

「創造的自殺」によって「旧い自分」を完全に焼き尽くすと、「旧い自分」は背後霊となって自分を守り助けてくれる。
「創造的自殺」を繰り返すほど、より多くの「旧い自分」の背後霊達に守り助けられることになる。

しかし「創造的自殺」を拒否するアーティストは、そのうち自分自身が「生き霊」「生ける屍」になってしまうのだ。

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思想・哲学・宗教」カテゴリの記事

コメント

創造的自殺がうまく続けられている作家となると具体的に誰になるんでしょうか?

投稿: 坂出太郎 | 2012年5月 9日 (水) 00時41分

コメントありがとうございます。

>創造的自殺がうまく続けられている作家となると具体的に誰になるんでしょうか?

いちばん具体的なのはぼく自身で(笑)、この記事は体験談でもあり、しかし本当に「創造的自殺」ができているのか?という反省と戒めの意味があります。

「創造的自殺」の成果の一つは『反ー反写真』で、これまでの自分はモノクロ写真そのものを否定的に捕らえてましたので、そう言う「自分」を殺し尽くさなければ、モノクロ写真を自分で撮ることはできなかったわけです。

しかし、直接影響を受けたのは彦坂尚嘉さんで、例えば60才過ぎのアーティストで、彦坂さん以外にパソコンによって印刷用の完全入稿データを作れる人はごくわずかだと思いますが、「自分はもう高齢だし今更パソコンを覚えるのは無理」という思いを完全に殺し尽くす努力があって、その事が可能になっているわけです。

坂出太郎さんが、彦坂さんのブログ記事にコメントされたことと関連して言えば、
http://kb6400.blog38.fc2.com/blog-entry-517.html#comment262
ぼくが言う「創造的自殺」とは、肉体的自殺とは異なる「象徴的自殺」で、《象徴界》の精神の作用によるものです。
この《象徴界》の精神は、最古の仏典『ブッダの言葉』にも説かれていて、例えば『蛇の章』には「蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。」という言葉で終わる詩がいくつか乗ってますが、これらはいずれも「創造的自殺」について説かれているものだと解釈できます。
一方で、《象徴界》の精神を欠いた、《想像界》だけの精神の持ち主は、「象徴的自殺」ができないが故に、本当の自殺(肉体的自殺)をしてしまうと考えられます。
人間にとって「本当の出来事」と感じられるものは、実は《想像界》なのであって、だから《想像界》の精神しかない人は「本当の自殺」を選んでしまう。
《想像界》の精神しかない人は「死んだら天国に行ける」などと信じており、有り体な意味での「想像」と「現実」が地続きなのであり、だから「本当の自殺」を選んでしまう。
つまり《象徴界》の精神による「象徴的自殺」が、《想像界》の精神による「本当の自殺」を防ぐわけですが、いずれにしろ人間の肉体が常に新陳代謝するように、人間の精神も新陳代謝しているのであり、生きながらにして自殺し生まれ変わり続ける必要があるのです。
因みに、肉体的新陳代謝不全の症状をメタボリックシンドローム、略してメタボと呼びますが、精神的メタボの人も、実のところ少なくないように思います。

投稿: 糸崎 | 2012年5月 9日 (水) 11時35分

糸崎さんの作品はフォトモなどしか知らなかったので 最近発表された作品に驚きました。創造的自殺という事ですね。
これが出来ないと自殺する作家も出てくるんでしょうか?
ロスコはそうだったのでしょうか。

投稿: 坂出太郎 | 2012年5月 9日 (水) 15時43分

返信遅れまして申し訳ありません。

>糸崎さんの作品はフォトモなどしか知らなかったので 最近発表された作品に驚きました。

どうもありがとうございます。
フォトモ一筋20年・・・という手もあったのかも知れませんが、自分には無理でしたw

>創造的自殺という事ですね。
>これが出来ないと自殺する作家も出てくるんでしょうか?

これは単なる理屈に過ぎないし、現実はもっと複雑です。
現実が複雑だからこそ、単純な理屈で分析し、制御しようとするわけです。

で、創造的自殺ですが、ぼくが見る限りはそれをしないアーティストが大半で、そして「本当の自殺」をしない人も大半です。
多くのアーティストは、作品が作れなくなったらあきらめて堅気になるか、ワンパターンの作品を明きもせず作り続け、そのうちの何割かは「この道一筋」が評価され巨匠になったりします。

>ロスコはそうだったのでしょうか。

ロスコについては不明ですが、ポロックは生涯にわたり何度か作品展開したにもかかわらず、「限りなく自殺に近い事故死」をしています。
因みにぼくの身近で「本当の自殺」をしたのは父親で、この人はアーティストではなかったですが、会社経営に行き詰まって事務所で首を吊りました。
ぼくが大学生の時ですが、今考えると、典型的に《想像界》だけの人で、それが原因の一つの自殺ではないかと思います。

投稿: 糸崎 | 2012年5月13日 (日) 09時22分

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