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2012年6月10日 (日)

世間体と遮光壁

世間語を使う限り《想像界》の外部に出ることはできない。
全ては世間語に置き換えられ《想像界》に取り込まれる。
全てを世間語に置き換えれば「分からないこと」は存在しない。

世間体を否定し、反世間的に振舞う人は、実のところ世間体を対象化する視点が無く、世間体の裏側にピッタリ張り付き、結局世間体に縛られている。

世間の人々は、未知の世界を既知の言葉に置き換えることでこれを消化し、世間体という精神的身体を形成する。

世間体から身体を引き剥がし、世間体としての身体と、非世間体的な身体とを分裂させ、二つの異なる身体を同時に生きること。

知性とは分裂であり、それがない人はあらゆるものにくっついたり、貼り付いたり、一体化している。
自分と世界とが一体化した人は、何も見ることはできないし考えることもできない。自分と世界とを分離することで、見ることや考えることが可能になる。

言葉によって考えられるのと同様に、言葉によって見ることができる。
新しい言葉によって、新しい視覚を創造する事ができる。

一方では、考えを遮るための言葉や、視覚を遮るための言葉が存在する。
世間体を生きる人にとって「世界」はあまりに眩し過ぎ、そのための遮光壁が必要となる。
世間体の内部はそのような遮光壁に守られ、常に快適な環境に保たれている。

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