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2012年8月31日 (金)

プライドと通貨

プライドとは、お互いを尊重し合うという交換システムの上に成立する。
つまり交換相手がいなければプライドは成立し得ず、だから自己存在の基準とはなり得ない。

プライドとは、象徴界のリテラシーのみで成立する交換システムなのであり、それ以上の意味は存在しない。

ありていに言えば、プライドとはそれが通じるもの同士の間でのみ通用する概念でしかなく、それ以上の意味は何も無い。

プライドとは通貨のようなもので、その通貨の価値を共有しない人々に向かって札束を見せ付けても何の意味も無い。
また、通貨の意味が流通にあるように、プライドそのものには何の意味もなく、社会に流通することだけに意味がある。

プライドを心の拠り所にしている人は、額に入れた一万円札を心の拠り所にしているようなものである。

多くの人は、プライドを交換システムとしてではなく、実体として捉えている。それは例えば一万円札を一万円として使わず、大事な宝物として額に入れ飾っているようなものである。

誰にも通用しない貨幣を一人でたくさん抱え込むのは愚かであり、すべてを燃やし尽くさなければならない。

例えば、アメリカのスーパーマーケットのレジで一万円札を出しても通用しないように、自分のプライドなんぞは誰にも通用しないし、誰も受け取るはずも無いのである。

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コメント

誰にも通用しない貨幣を1人でたくさん抱え込むのは愚かかもしれないけれど、色々な通貨が少しずつあれば、アメリカのスーパーで普通のドル札が出せるかも…!?

誰にも通用しない貨幣だからって燃やしちゃったりすると、燃えることなく残った誰にも通用しない貨幣が、通用するようになったりするのだから、芸術家のプライドって難しい……。

私は今、Aですが、
実は、Bとしての記憶もあるんですよ←と言ったところで、その証明をする事はできないし(難しいし)、Aの肉体は、あくまでAとして生きた人生に対する評価がつきまとうもので、Bと入れ替わることが可能でも、AはBと同じであることは誰にも理解ができない……。

同じことをしてもBの姿では賞賛され、Aの姿だとけなされる。Bの欠点はAには見えても、Bからは見えず、Сの姿に至っては特性が全く別で、AとBの日常とかすりもしない。…とか。チャレンジャーだなぁと思う。

……………
プライドを優先させてたら、なかなか生まれて来られないなと思いました。

投稿: 感想です(・∀・) | 2012年8月31日 (金) 04時32分

コメントありがとうございます。

実のところ「誰にも通用しない貨幣」というのは、貨幣というものの定義上ありえないですね。
それは「誰にも通用しない、自分専用の言語」があり得ないのと同じです。
言葉も貨幣も「交換」があって成立するのであり、だから「自分だけの貨幣」も「自分だけの言語」もあり得ないわけです。

プライドも、少なくとも現代社会の建前としては「相互承認」というかたちの交換があって成立するものです。
だから「芸術家のプライド」などという特別のものは、実際には存在し得ないし、想定するだけで無意味でしょう。
それは「芸術家が持っている一万円札」に一万円札以上の意味がないのと同じことです。
そのあたりのことを勘違いして、ふんぞり返ってる芸術家とか、それを持ち上げる周囲の人々がいるわけです。
まぁ、何を隠そうぼく自身がそれを反省してるのですがW

投稿: 糸崎公朗 | 2012年8月31日 (金) 15時27分

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