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2012年9月 4日 (火)

犀の角

権力闘争は馬鹿らしい。自分に権力欲のあることを観察して、犀の角のようにただ独り歩め。

自分の心が移り変わるように、他人の心も移り変わることを観察して、犀の角のようにただ独り歩め。

他人に失望した時は、同時に自分にも失望しなければ、認識を深めることはできない。犀の角のようにただ独り歩め。

自分を棚に上げて他人に失望することなく、他人への失望を自分へ折り返し反省しながら、犀の角のようにただ独り歩め。

認識の殻に閉じこもりながら群れるのではなく、他人をよく観察しながら、犀の角のようにただ独り歩め。

目の前の他者たちに惑わされることなく、広く社会との関係の中で生きながら、犀の角のようにただ独り歩め。

目の前の他者たちに執着することなく、広く社会性を生きながら、犀の角のようにただ独り歩め。

自分独りでは生きることはできず、目の前の他者たちとだけでも生きることはできない。自分とは社会システムの一端末であることを知って、犀の角のようにただ独り歩め。

現代日本は大乗仏教国なのだが、大乗仏教の外部に出ない限り、自分の置かれたその状況を認識することはできない。それを知るために犀の角のようにただ独り歩め。

仏教をはじめとするあらゆる入門書や解説書は全て大乗仏教の産物だと知って、犀の角のようにただ独り歩め。

象徴界はその代替物に転じ、大乗仏教が仏教に成り代わり、小乗の蔑称をこれに与える。自分の内にもそれが起きることを知って、犀の角のようにただ独り歩め。

人任せにしようとした事の全てが自分に跳ね返ってくる。犀の角のようにただ独り歩め。

悩みがないのは認識を欠いている証拠であり、そのような人はゆっくりと迫り行く大津波から逃れる事はできない。犀の角のようにただ独り歩め。

貪る人々に同調することなく、大目に見てこれを哀れみ、犀の角のようにただ独り歩め。

霧が晴れて視界が開けたと思いなし、人は霧に映し出された幻を見る。おぼろげな視界を恐れる事なくこれを見据え、犀の角のようにただ独り歩め。

人を見かけによって侮ってはならない。人を見かけによって侮りやすいことを良く知って、犀の角のようにただ独り歩め。

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