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2012年9月29日 (土)

生きてると思ってたら死んでいた

自分だけは死なない、と思っている人は、ボーッとして何も考えず、その瞬間において死んでいる。

自分だけは死なない、と思っている人は、日々時間を無駄に過ごし、生きながらに死んでいる。

自分は生きていると思っているが実は死んでいて、目に見えるのは死後の世界で、線路に飛び込めば生き返る。

まるで実感がなく、概念の操り人形になるのみ。

本当は死んでいるのに生きているとウソを付き通して生きる。

死ぬのが怖いのではなく、すでに死んでいる。

自分が死んでいることに気づかない人は、自分だけは死なないと思っている。

全ての生きていると思える生物は、実は生きていないし死んでいる。

生きている生物は存在しない。

自分は存在せず、他人だけが存在する。
なぜなら、自分だけが存在し、他人が存在することの真逆だからである。

世界は無前提に自分を祝福し、これを覆さなければ知性は発動しない。

死を恐れる者が死を恐れるのは、実のところ自分が既に死んでいることを知っており、その事実から目を背けるために他ならない。

自分が死ぬということは、今確実に「ある」と思える自分の存在が消えることで、その状態はなかなか想像し難く、そしてそのなんだかわからない状態に対し恐怖を覚える。
しかし寝るというかたちで自分の存在が「無い」状態は毎日体験している。
寝るのは心地よく死ぬのは怖く、そのように人は騙されている。

人は死にそうな体験をした瞬間に死を恐れるが、それ以外の時は別段死を恐れているわけではない。
死ぬのが怖い、腹が減った、眠い、人はいつでもそのような状態にあるわけではない、という点で共通している。

一般に意識があると言える状態でも、よく考えて振り返ると明確に自分の意識があったとは思えない時間がある。
むしろそのようによく考える以外の間、意識はずっと飛び続けて自分が無く、そのように自分は生きなぎら常に死んでいるのだ。

目覚めている時でも、ふと気が付くと意識が飛んでいることがある。

人間、生きているつもりで、ふと気が付くと意識が飛んでいて、生きながら死んでいる事が多い。

自分は生きながら常に死んでいる。だから死を恐れる必要はないし、自分でわざわざ死ぬ必要もない。

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コメント

夢の中で死んだりころされちゃうと起きたりするように、
死ぬと、夢の中の世界が現実になるだけなのかなーと思ったりするけれど、
毎回違う場所へ出る場合、何がなんだか分からないし怖いから、
もっと知りたいと願うのですが、いまだによく分かりません…。

夢の中の自分は、どういった設定で生きているのかが、いまいち把握できません。

それが普通なのでしょうか…… ?

投稿: (・∀・). | 2012年10月19日 (金) 14時37分

返信遅くなりました。
最近フロイトの『精神分析入門』読み終えましたが、人間は起きているときも忘れ物や言い間違いなどの「錯誤行為」というのを頻発し、夢を見ているときと同じくらい理不尽なことばかりしているようです。

投稿: 糸崎公朗 | 2012年10月26日 (金) 17時40分

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