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2012年10月 8日 (月)

ストレスに消力(シャオリー)

ストレスに対し、究極のリラックスによってこれを無化する消力(シャオリー)の技を開発し、身につける必要がある。
相手の打撃に対し対抗するとストレスになり、じっと耐えてもストレスになる。しかし究極のリラックスによって相手の打撃に完全同調すれば、その力は無化され何のストレスも生じない。

ストレスを感じた時、まず「自分は今ストレスを感じているな」と自分を観察すること。消力(シャオリー)の基本は相手の打撃を見切ることだが、相手も見えない打撃を繰り出すので判別は容易ではない。
と言うより、相手にそのつもりがなくとも勝手にストレスを感じてしまう自分自身との戦いになる。

ストレスは、自分がそれを感じていることを自覚しないからこそストレスになる。
だから「自分は今ストレスを感じている、自分は今ストレスを感じている、自分は今ストレスを感じている…」と念仏のように唱えると、ストレスはだいぶ軽減され、これがストレスに対する消力(シャオリー)の基本となる。

精神分析では、患者自身が無意識のうちに抑圧した要素を意識化することで治療に向かう。分かりやすくいえば、自分の欠点を意識しなければその克服もできず、ストレスもまた同じ。

「自分は今ストレスを感じている、自分は今ストレスを感じている、自分は今ストレスを感じている…」と唱え続けていると、そのストレスの元が案外つまらない、取るに足らない事柄にすぎないことに気付く事があり、そうなるとストレスも消滅する。

一般にストレスの要因の一つは、思うように自分が行動できない事にあり、その阻害要因として「他者」が立ち上がってくる。
有りていに言えば、他者が自分の言いなりにならならず、結果として自分が他者の言いなりになってしまうことが、ストレスの原因となる。

しかし、ストレスのない状態で、自分の思うがままに行動するところの「思い」とは、実のところそれが本当の自分の思いなのかどうか、疑う余地がある。

例えば、自分が何かを「欲しい」という思いの元を辿ると、みんながそれを持ってるから自分も欲しくなったり、誰も持ってなくてみんなに自慢できるから欲しくなったり、CMの影響だったり、いずれも純粋な自分の思いではない。

人間のあらゆる欲望には、それが起きた何らかの原因が必ずある。
人間はそれら原因の言いなりになって「○○がしたい」などと欲望するよう、仕向けられている。
つまり、人間はストレスなく自分の思いのままに行動する時でさえ、実のところ他者の言いなりになっているのだ。

他者が自分の言いなりにならならず、自分が他者の言いなりにならざるを得ない状況がストレスの一因だが、ストレスなく自分の思いのままに行動する時も、自分の「思い」が生じる原因となる他者の言いなりになっている。
つまりストレスの有無にかかわらず、自分の行動は常に「他者の言いなり」なのである。

だから「自分の思うがまま」という思いが幻想であることを観察し、それをを貫こうとする思いを打ち消し、あらゆる事柄について「他者の言いなり」となって行動すると、ストレスは消滅する。

「○○がしたい」「○○が欲しい」など自分の欲望の正体は、その欲望の原因となった「他者の言いなり」に過ぎないことよくを観察し、あらゆる自分の行動の動機を積極的に「他者の言いなり」に置き換えること。
これがストレスを生じさせないための行動原理である。

「他者の言いなり、言いなり、言いなり、言いなり…」と呪文のように唱えると、ストレスが消えるのはもちろん、自分でも驚くほど積極的に行動できるようになる。
これまで何と無く嫌で手につかなかった仕事も「他者の言いなり、言いなり、言いなり…」と唱えると、積極的に片付ける気になってくる。

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