« 言語と埋葬 | トップページ | イメージと言葉 »

2012年12月15日 (土)

正しい人と正しい態度

「正しい人」と「正しいこと」を主張し合っても話が噛み合わないだけ。

「正しい人」は「正しい意見」を聞いてもらいたがっている。

「正しい答え」を簡単に出せば、誰でも簡単に「正しい人」になれる。

「糸崎さんはアーティストなんだから、もっと偉そうにした方がいいですよ」とアドバイスをくれた相手を心底軽蔑したことがあったけど、実際その人物は表面だけのチャラチャラした人格で、ぼくの作品もろくに見ないでそう言うこというので呆れるのだが、しかしお互いを尊重し対等に付き合おうとフランクにしてると勘違いして増長し、上から目線で何か言ってくるような人も実際にいるから始末に悪い。

つまり「正しい人」は偉そうにしている相手を「あの人は偉い」と正しく理解し、フランクな態度の人を「あの人は自分より格下だ」とこれまた正しく理解し、そういう正しい世界に住む正しい人には、こちらも「正しい態度」を示してあげる必要があり、例えば政治家というのは皆それをやっている。

多くの人は表面上の「正しい態度」で人を判断する「正しい人」なのだが、もしかしたら「正しさ」とは物事の表面上に現れるのかもしれない。

いや、認識の表面上に現れるのが「正しさ」だと言いかえるべきだが、だから「正しい人」に対し「お前の考えは浅い」などと「正しいこと」を言っても無意味で、こうした場合はまともに取り合わず偉そうな態度を示す事が、相手にとってもわかりやすく親切なのである。

つまり偉い人が偉そうにしているのは世間に対する親切なサービスなのだ。しかし実際には多くの場合、他人にサービスしてるつもりが自分自身にもサービスしてて、実際には対してえらくないのに、偉そうにしてるから自分は偉いのだと、そのように「正しい人」になってしまいがちなので始末に悪い。

|

« 言語と埋葬 | トップページ | イメージと言葉 »

思想・哲学・宗教」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 言語と埋葬 | トップページ | イメージと言葉 »