正しい意見と選択肢
同じ事柄について、人によって意見がバラバラなのは、それらの意見のどれもが正しいからである。
だからどんな意見を採用しようとも、その選択は正しいのであり、何を選択しようとも、どうにかして正しさを成立させることはできる。
同じ事柄について、人々の間で様々に意見が異なるのは、そのどれもが等しく正しいからであり、だからこそ自分の意見を折り曲げて、大多数の意見や、強者の意見に従うことに意味があり、反対に自分の意見を何処までも押し通すことに意味がある。
つまり「どのように異なる意見も等しく正しい」と知る者には、常に状況に応じた「選択肢」が用意されているのであり、これによってどんな局面からでも「正しさ」をいかようにも導き出す事ができるのである。
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