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2013年4月16日 (火)

単調さと固執

●我々は、単調さと鈍感さに脅かされている、とはファイアーベントの言葉である。
自分の中の、多様性が失われている。
自分を分裂し、拡張し、多様性を回復すること…
多様性は豊かさに繋がる。
多様性のある自然が豊かであるように、多様性のある文化は豊かであり、多様性のある個人もまた豊かである。
自分自身を多様化させればストレスを受けにくくなる。
単純な人間はストレスを受けやすく、鈍感になることでストレスを回避する。

●自分の主張は誰も興味を持たず、何を言っても聞く耳を持たれず、何を書いても読まれることは無い。
主張には意味がなく、他人の目を惹かず、喜びや満足を与えることはない。

●人間はお互いに真似し合っているだけであり、何と何と何を真似るかという組み合わせだけが、各自異なっているだけである。

●自分がコントロールできる範囲外の「現実」がストレスの要因であるなら、その「現実」を自分の内部に取り込むことでストレスを減らすことが出来る。
例えば他者と衝突した時、自分自身が「他者 = 現実」になり切ることでストレスを減らすことができる。
他者を自分の内部に取り込むことで、他者を支配しコントロールすることができる。
反対に、他者を排除しあくまで「自分」を保とうとする人は、実のところ他者の支配権、コントロール権を手放している。

●とても退屈な世界に、退屈なはずの世界に、なぜ逃げ込むのか?

●他者に接する態度の一つが、固執。
自分やり方は正しいのだから、それを変える必要はなく、聞く耳を持つ必要も無い。
現在の自分に固執し続け、他者の手の届かない自分の奥深くへと逃げ込む。
固執する人は、何でも自分がすでに知っていることに置き換えて説明し、理解しようとする。
自分のやり方に固執する独断主義に対する日和見主義者は、常に情報収集している。

●日和見とは情報の収集であり、日和見主義者には情報収集は欠かせない。

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