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2013年5月 2日 (木)

認識の分離と万能感

想像や概念ではなく、あくまで事実中心主義で、理性的、合理的に物事を処理し、現実を直視、それに即した判断を下す力が「現実検討能力」と呼ばれる。
逆に言えば、現実検討能力が弱い人は、自分勝手な想像や概念による決めつけを現実と取り違え、判断を誤る。

関係の認識には対象の分離が先立ち、関係が認識出来ない人は対象物を分離して認識することが出来ない。

万能感のある人は、人間関係が認識出来ず、つまり認識対象の分離が出来ない。
そのような人にとって様々な他者たちは分離不能の「一塊の他者」として認識され、それはさらに「一塊のファンタジー」として自分の内に融合される。

状況判断能力が低下して、ついには消失してしまった人が存在する。
あるいは、子供から大人になるに従って形成すべき状況判断能力を備えていない人間が存在する。

万能感は独我論と結び付いている。
自分が認識しなければ世界は存在せず、自分の存在が世界の存在を左右する。
人は五感によって世界を認識し、五感によって認識する以前の世界は、そもそも存在しないのと同じなのである。
万能感を持つ人はこのような独我論の世界に浸っている。

万能感を持つ人は、状況の変化に対応できない。
状況の変化は、他者によってもたらされる。
他者の都合で状況が変われば、それに応じて自分の都合も変えざるを得ない。
万能感を持つ人はそれが理解できず、いかに状況が変わろうとも、最初に設定した自分の都合を変える事なく、変化した状況との齟齬を生じる

あらゆる状況は、他者の都合によって刻々と変化する。
状況が変われば、はじめに設定した自分の都合も、それに応じて変化させなければならない。
他者の都合によって状況が変われば、はじめに設定した自分の都合は無効になる。
万能感を持つ人は、自分の都合を刻々と変化させるという発想を持たない。

万能感を持つ人は、状況の変化に対応しない事によって、状況そのものを支配しようとし、他者との間にトラブルを生じさせる。

状況の刻々と変化する様を捉え、それに応じて自分の都合を変化させなければ、自分の居場所がそこにはなくなるということを、万能感を持つ人は認識できない。

自分の想像や思い込みを超えて、他者は自分に反応し、それによって状況は自分の思惑を超えて変化する。
そのようにすっかり変化してしまった状況を、万能感を持つ人は全く認識せず、既に無効になってしまった過去の状況に対応するため、無駄な努力をして他人に迷惑をかけてしまう。

何でも自分一人で抱え込む人は、他人に何かしてもらうことに慣れていない。
何かしてもらってもお礼の一つも言えず、迷惑かけてもきちんと謝罪ができない。
それがわかってるから他者となるべく関わらず、どんなに非合理であっても全て一人で抱え込み、それこそがストイックなのだと自己満足に浸る。

自分の都合が悪いことを認識しないようにしてる人は、自分の都合をどんどん悪くする、という都合を認識しないようにしている。

仕事を依頼されることの意味が理解できない人がいる。
依頼された仕事を自分がミスした場合、そのミスをカバーする主体は自分ではなく、仕事を依頼した他者にある。
だから自分が犯したミスであっても、それをどうカバーするかの判断は、自分でするのではなく、依頼者に委ねなくてはならない。

会社組織は効率を優先するため、一人の社員の行動を他の社員全員がバックアップし、お互いがそのような関係で会社組織が成り立っているのだが、幼児的万能感を克服してこなかった人間は、そのこと自体が理解できず、独善的な行動により会社に不利益をもたらす。

問題は常に複数の原因の関係によって生じる。
だから問題を解決するには、複雑に絡み合った糸をほどくような心構えが必要になる。
問題を一つに絞り込む思考もまた万能感の現れに過ぎない。

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