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2013年8月16日 (金)

死刑囚の惑星

見る者と、さらに吟味して見る者の視点は異なり、両者が交わることはない。

努力せずに願いが叶う魔法のショートカットにすがろうとする人たちがいる。

愚か者は苦行に満足しながら本質を遠ざける。

快楽の喜びを知るものは、快楽を否定しこれに打ち勝つ喜びも知ることができる。

自分自身であり続けることの喜びを知るものは、古い自分を否定し新たな自分に生まれ変わる喜びを知ることができる。

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多くの人は「存在するもの」と「存在しないもの」を取り違えている。
目の前にものが存在することが確かであればあるほど、自分の死を信じることができない。
目の前のものが「本当にある」と信じている人は、自分の死を信じてはいない。
世界の存在を確実なものとして認識してる人は、自分の死を認識していない。

実のところ、誰もが自分の死を待つ「死刑囚の惑星」に存在している。
人は誰でも死刑囚であり、人生が辛いのは当たり前である。
それにもかかわらず生きる喜びがあるのは、死刑囚にも情けはかけられているからである。

人が自分の前世を知り得ないように、人は自分が何の罪を犯したか知り得ないが、確実に死期は訪れる。
人を殺した者は人によって裁かれて死ぬ。
人を殺さない者は、その他のあらゆる罪を犯していなくとも、自分が犯したのではない罪によってやがて必ず死ぬ。

否が応でも一日の終わりはやってくる。
否が応でも眠気は襲ってくる。
否が応でも死期はやってくる。

人はいつか必ず死ぬからこそ自分を高めることができる。
死なないのであれば悩みなく、自分を高める必要もなくなる。

「自分は死なない」と思っている人が死ぬのは悲しい。

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