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2013年9月22日 (日)

夢と辻褄

人間の自然な認識、素朴なリアリティ、生活世界の全ては辻褄が合ってるようで、その実矛盾だらけであり、見せ掛けの夢幻に過ぎない。

人は生まれながら夢の中に閉じ込められる運命にある。この運命に逆らい、眠りながら夢を夢として認識し覚醒しようと試みる事が哲学であり芸術であり科学である。哲学や芸術や科学は、夢の中の裂け目として立ち現れる。

理解で生きる事、解決できる事は「生活世界」という夢の中の出来事に過ぎない。しかし夢を夢として認識しようとすれば、そこに理解不可能な事物、解決不可能な問題があることも認識できる。

理解できる事、解決できる事は「生活世界」という夢の中の出来事に過ぎない。しかし夢を夢として認識しようとすれば、そこに理解不可能な事物、解決不可能な問題があることも認識できる。

夢見る人が夢の中でその辻褄の合わなさに気付かないのと同じく、生活世界に生きる人はその辻褄の合わなさに気づくことはない。

人は目覚めてもなお夢の世界に生きる。人類の文明は、夢からの覚醒と、夢の世界の拡張と、二つの方向に進化する。

夢を見続ける限り、すべては矛盾なく辻褄が会い、すべては合理的に理解でき、すべての問題は解決可能で、すべてが自分の思い通りに都合良くできている。しかし目覚めた人は「現実」がことごとくその逆であることを知っている。

目覚めた人は眠る人に「目覚めなさい」と呼びかけ、眠る人は目覚めた人に「余計な考えは捨てて眠りなさい」と諭す。

世界は辻褄が合わず、分からないことだらけであり、何もかもが自分の思うようにならない。その逆はすべて夢幻に過ぎない。

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