快楽と怠惰
●天然のアフォーダンスと人工のアフォーダンスとがある!
道具を作ることとは、人工のアフォーダンスを作ることであり、人類は人工のアフォーダンスを拡大することで知性を拡大してきた、と言える。
●快楽とは何か?
楽をして得られる快楽と、苦を伴いながら得られる快楽とがある。
例えば飲酒の快楽と、禁酒の快楽。
飲酒の快楽を知るものは禁酒の快楽もまた知ることができる。
快楽の否定がより高次元の快楽を生むのであり、快楽の否定の否定はさらに高次元の快楽を生むのであり、快楽の否定の否定の否定はよりさらに高次元の快楽を生むのであり、快楽の否定の否定の否定の否定はよりさらにより高次元の快楽を生むのであり、快楽の否定の否定の否定の否定の否定の否定の否定の
大きな快楽を得るほど喜びは小さくなり、大きな喜びを得るほど快楽は小さくなる。
人は時として大きな喜びを得ているつもりで、その実大きな快楽に耽っているに過ぎない事がある。
便利になると仕事が増える。
怠け者になるためのテクノロジーが新たな苦労を生み出す。
生きなが死の悦楽を悦楽を得るのが怠けることであり、死が悪でないように、怠けることも悪ではない。
●ぐずぐずしてることがどれほどの代償を支払うことになるのかを知らなければならない。
●ちゃんと作らなければ芸術はゴミになる。
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