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2014年3月18日 (火)

動物とイデオロギー

多くの人は、自分が自分ではないものに変わってしまわないように、あらゆる変化の可能性を潰し続ける。

イヌはイヌとしての本能に従うからイヌであり、ネコになる可能性は無い。
しかし人間は(いわゆる本能が壊れているせいで)何にでもなれる可能性を持っている。
それだけに、多くの人は自分が容易に変化するのを恐れ、あらゆる変化の可能性を恒常的に潰している。

イヌの精神はいわゆる本能によってその形が固定化されているが、人の精神は(いわゆる本能が壊れているせいで)固定化されておらず、いかようにも変化する可能性に満ちている。
多くの人は変化しやすく不安定な精神を固定化するため、あらゆる変化の可能性を潰している。

イデオロギー的な人は動物的な人であり、イデオロギー化することは動物化することに他ならない。
なぜなら、あらゆる動物は種に固有のイデオロギーによって生きているのであり、人間だけが種に固有のイデオロギーを持たず、いかようにも変化する可能性を持つからである。

本来、人間の精神は極めて変化しやすく不安定で、一時も「自分」を保つことは出来ない。
なぜなら人間の精神は様々な「他人の言葉」により構成され、故にさらなる「他人の言葉」に感染し、容易に変化し得る。
だから多くの人は「自分」を保つため「他人の言葉」をシャットアウトし変化の可能性を潰す

人の精神は本来的に極めて不安定であり、故に多くの人は精神の安定を得るためにイデオロギー化=動物化する。

人間は動物として何をなすべきかが本能として決まっていない。
だから人間は、何をなすべきかという欲望を、他人の欲望からコピーする。

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