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2014年3月 7日 (金)

自分の姿とポジション

オギュスタン・ベルク『日本の風景・西欧の景観』(講談社現代新書)を読みながらメモ。

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自分の姿を周囲に紛らわせて目立たなくする事。
自分の姿を実際より大きく見せること。
武器を持っていないのに持っているように見せかけること。
これらは野生動物の習性であり、そのような習性を持つ人は、動物としての特徴を備えている。

芸術をはじめとする全ての人工物は、人間精神の結晶なのである。

人の顔はディスプレイ装置であり、その人の精神を映し出している。

人は他人より優位に立つことで安心を得る。
これは生物学的な根拠に基づく性質で、多くの動物にとっての優位とは「自分の姿を隠し、相手の姿が見える」というポジションで、これを得た動物は安心を得る。

風景を鑑賞するための美的図式、が存在する。

文学は現実の領域から出発し、図式化の作用により、想像上の領域を作り上げる。(オギュスタンベルク)

美的図式を持って風景を見る人と、美的図式を持たずに同じ風景を見る人とがいる。
美的図式を持つ人とそうでない人では、同じ風景を見ても見え方が異なっており、生物学的に言えば環世界が異なっている。

動物は自分より優位に立つ敵を恐れる。これを起源として、人の心に妬みの感情が生じる。

人は、各自が所属する社会環境から、風景をどう見るかという図式を与えられる。つまり社会環境によって、見える風景は異なる。

昆虫には不安や恐れの感情がないように観察される。
平時の昆虫は安寧に浸っているように観察され、その表情は無表情である。

人間も、真に安寧に浸る者は無表情なのかもしれない。
不安と対になった安心と、不安と対にならない単独で存在する安寧とがあり、安寧は昆虫的な無表情を生じる。

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